2008/06/15

お久しぶりです

お久しぶりです。

前回書いたのが1年以上前になってしまいました。

実は資格試験に挑戦していてこちらの方がお留守になっていましました。

資格試験については別のブログを立ち上げていました。

タックンの中小企業診断士を目指せ!!

1年近く更新していませんが、勉強当時のことを書いていますので、お読みいただければ幸いです。

ようやく落ち着いてきたので、ぼちぼち書いていこうと思います。

それでは、また。

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2007/03/21

日蓮 大仏次郎

日蓮と聞いて何を思い出しますか。ほとんどの人は「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」というお経を思い出すのではないでしょうか。

日蓮は法華経を唯一の経典として天台宗など他宗を攻撃したため、宗教的な迫害を受けました。しかし、お釈迦様が法華経は一番すぐれた経典だが、布教に際して誤解を生みやすく、これを広めるものは迫害を受ける恐れがある、ということを述べています。日蓮は自分が迫害されること自体が、法華経が一番優れた教えであることの証明だとして、それを耐え抜きました。

日蓮は鎌倉時代の僧で日蓮宗の開祖です。始めは天台宗を学んでいましたが、その過程で、仏教の経典の中でも法華経が一番すぐれていて、天台宗、禅宗、真言密教、浄土宗、浄土真宗などはうその教えであるとして、法華経以外を厳しく糾弾します。

当然、既存の宗教界や支配階級からは目の敵にされました。伊豆と佐渡に流され、辛い環境にも係らず、その地で確実に法華経の信者を増やしていきました。鎌倉時代の末期は干ばつや火事、地震、戦争、蒙古の来襲などあらゆる苦難が降りかかりました。日蓮は、経典をもとにそれらを予言し、時の執権に「立正安国論」を提出して、世の中を良くするためには法華経を国の宗教として、他の宗教をやめるように提言しました。もちろん受け入れられずに追放されるわけですが、その熱い思いは序序に支配階級にも伝わっていくのでした。

苦難の連続の中で常に前向きに自らの使命を貫き通した、日蓮の思いを感じることのできる一冊でした。

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2006/11/25

ツキの大原則 西田 文郎著

久しぶりにいい本を読みました。表紙をみると、ちょっとふざけているのかなと思っていましたが、読んでみると期待以上の中身の濃い本でした。

”つく”ためには、まず感謝の気持ちを持つことが最低限必要です。感謝の気持ちがあれば、そこからつながりがでてくるのです。

しかし、感謝する対象が見つからない人も多いかもしれません。そこで著者はこんな例を挙げています。

私には2人の親がいる。2人の親にもそれぞれ2人の親がいる。この4人の祖父母にもそれぞれ2人の親がいる。このようにたどって20代前まで数えると、1,048,576人の先祖がいたことになる。それが30代前になるとだいたい平安時代の末期で、先祖の総計は1,073,741,824人という膨大な数になる。この1,073,741,824人のうち、たった1人でも何かの拍子に早死したり、男女の組み合わせがひとつでも違っていたら、あなたは生まれてこなかった。それぞれの人がそれぞれの人生を懸命に、真剣に、けなげにまっとうしてくれたから「私」がいる。1,073,741,824人の先祖全員に「ありがとう」というべきであろう。

これにはまいりました。そうだよな。自分が今生きていると言うことはとてつもなく幸運なことで、言葉を変えていえば奇跡のようなことなわけです。著者は続けます。

だからあなたが今、ここに、こうして生きていることは、確率として見れば奇跡としかいいようがない。(中略)それほどの難関を突破して、今、ここにたどり着いたのだから、あなたは最高にツイているし、最高の強運の持ち主なのだ。

そうなのです。生きているだけで儲けモノなのです。そして私がそうであるということは、今生きている人、皆がそうであるということなのです。今地球上に生きている人は、みな「奇跡の人」なのです。今、一緒に暮らしている家族、親類、友人、会社の同僚、上司、部下、ビルの掃除のおばさん、道ですれ違った人、などなど。全ての私の前にいる人、それ自体が奇跡なのです。これを考えると、自然に感謝の気持ちがわいてくるではありませんか。

もしかすると健康を害しているかも知れない。苦しいことがあるかもしれない。心配で心配で眠れないかもしれない。でも今生きているのなら、全てに感謝できるではないか。”ツイている”と思えるではないか、ということなのです。

落ち込んでいる人、自分は何かツイていないなと思っているなら、一度読んでみるといいかもしれません。

心に残った言葉

人間が一番信じられないのが自分自身である。自分を信じる一番の方法は、他人を信じることだ。

人や環境に対する感謝の感情は、強い自分をつくる。

自慢してしまえば、弱点は強さになる。

熱意と感動は、ツイている人間を引き寄せる磁石である。

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2006/11/11

松下政経塾 塾長問答集 塾生との対話

松下政経塾ができてから4年経った、昭和58年に書かれた本です。松下さんは90歳です。忙しい仕事のあいまをぬって、塾生たちと交わした会話の記録が集められています。まだ、塾出身の国会議員はでていません。何の実績もない中でこれから塾をどうしたらいいのか、ブランドを確立するためにどうしていくのか。塾生との対話の中に、よりよく生きるためのヒントがありました。

1.自己観照のすすめ
  一度自分から出て、外から自分をみてみる。自分で悪いと思ったことは自分でなおす。

2.素志貫徹
  塾の五誓の一つでもあります。決めたら徹してやれ。一本筋を通して。

3.主体性を持つこと

4.衆議をもってことを決めること。何事も独断ではなく、相談すること。

5.和をもって貴しとする

6.人情の機微を知ること
  これが分かれば行く手に障害はない。女性に魅力的と思われるようにならなければいけない。

7.成功するとかしないということではなく、「やらなければならない」ということを信じてやる

8.鳴かぬなら それもなおよし ほととぎす

9.なにごとも素直な気持ちでやる
  話を聞くときは虚心になって聞く
  勉強というものは概して虚心にならないといけない
  いったん自分の志を無にして聞いてみる

10.悟りを得ること

11.人間を知ること

12.知識ではなく知恵をつけること

松下幸之助さんは神様のような人ですから、これを全てやることは難しいとおもいます。自己観照や頭の中を空っぽにして素直な気持ちで人の話を聞くことからできたらよいなと思います。

それでは、また。 

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2006/05/31

人生談義 松下幸之助

私は運がいい、ということを思い出しました。

すっかり忘れていたのですが、この本を読んで思い出しました。港の近くで遊んでいた小学校低学年の私は、海に落ちてしまいました。泳ぎを覚える前でパニックになった私を、そこへたまたま通りかかった郵便配達のおじさんが、助けてくれたのです。九死に一生というのはこのことをいうのでしょう。もしそのおじさんがそこを通らなかったら、恐らく私は今こんな文章を書くことはなかったでしょう。おじさんが亡くなったときに、助けてもらったことを思い出した記憶があります。

松下幸之助さんも同じような目に遭っていました。船にのっている時のことです。足をすべらせた船員に抱きつかれ、船べりに座っていた幸之助さんは一緒に海に落ちてしまったのでした。なんとか浮くことだけはできたので2~3分ばたばたと頑張っていたら、船が戻ってきてくれて助けてくれたのです。

自分では気がついていないか、忘れてしまっているのですが、実は自分は運がいいのです。今生きていること自体が、よくよく考えると、とてつもなく運がいいのです。

1ヶ月以上休んでいましたが、また、ぽつりぽつりと書いていきたいと思います。

それではまた。

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2006/04/15

大聖堂(上・中・下) ケン・フォレット著

読み出したらとまらない本、というのはそうはありません。

俳優の児玉清さんが月間PHP4月号の特集「僕の気持ちを軽くしてくれる本」に紹介していた、ケン・フォレット著「大聖堂(上・中・下)」はまさに読み出したらとまらない本です。

「大聖堂建築に命を賭けた石工の物語は、まさに波瀾万丈、彼の不撓不屈の精神と美しき姫との恋の行方は、何度読んでも僕の心を虜にする。人生憂きことなど颯と吹き飛ばし、心を軽快にしてくれる珠玉の極め付きの一冊だ。」
(月間PHP4月号の特集「僕の気持ちを軽くしてくれる本」より)

12世紀のイギリスをキングスブリッジ修道院を舞台にした物語です。有能な石工であるトムは、いつかは大聖堂を建築したいという希望を胸に放浪を続けていますが、食べるものがなくなり、餓死寸前のところまで追い込まれます。教会は宿と食事を施してくれるのですが、1泊だけです。次の日には出て行かなければなりません。

今は、空腹を感じたらどこでもかけこめばそばぐらい食べられます。空腹が長引くという経験は生まれてこのかた、したことがありません。倒れるくらいに腹がへるという状況がどのようなものなのかなあ、と物語とは関係ないことに興味を覚えました。

トムの人生も波瀾万丈ですが、もう一人の主人公、キングスブリッジ修道院長のフィリップの人生も、ウィリアム伯爵やウォルター司教など数々の障壁にいくてをさえぎられます。神は試練を与えたもうたのか、聖職者だけにその都度絶望的になりそうな場面で、七転び八起きと絶対にあきらめずに戦っていくのです。ここがこの本の真骨頂でしょう。

ディックの本棚http://blog.livedoor.jp/dick21/archives/50275888.htmlのディックさんの書評が大変参考になるので引用させていただきました。

また、この小説はけっしてプロットのおもしろさだけではない。
森と都市、領主と領民、貴族と国王、王権と教会、迷信と知恵、富と貧困、こうした中世の社会を形作っていたものの関係が、しっかりと描き込まれていて、経済や政治の仕組みがごく自然に理解されてくる。情感たっぷりの物語でありながら、こうした基礎的な部分がしっかりとしているので、とてもリアリティがある。
 中世の終わり頃というと、王権が強くなってキリスト教の支配領域を少しずつ浸食しようとし、それに対して教会が既得権を守ろうと必死になっていた。そういう中世のイギリスに対する理解を深められる、という点でも、興味深い本なのだ。
 ゴシック建築に対する理解があればより一層楽しめるはず。

国王と教会の対立という点は、その原点がローマ帝国とキリスト教会の関係までさかのぼります。最近読んだ塩野七生の「ローマ人の物語 キリストの勝利」は司教の前にひざまずくローマ皇帝を書いています。

どんな時にもくじけずに前向きに挑戦する。くじけそうになったらもう一度読み返したい本です。

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2006/03/19

それでも人生にイエスと言う V.E.フランクル

それでも人生にイエスと言う

なんという良い言葉でしょう。

著者のV.E.フランクルは「夜と霧」を書いたことで有名です。第2次世界大戦中にナチスドイツによって強制収容所に入れられ、奇跡的に生還した数少ないユダヤ人の一人です。どのような人が、絶望的な状況に置かれても、希望を失わずに前向きに生きられるのでしょうか。夜と霧には実際にそれを体験した人にしかかけない内容があります。

映画で思い出すのは、「ライフ・イズ・ビューティフル」です。前半の明るいコミカルなムードと、主人公が強制収容所に入れられる後半のコントラストには大きな落差があります。収容所の中で、収容所の日常をゲームにたとえて、子どもをおびえさせないように、そして最後まで生き延びることができるようにする主人公の行動は見るものの涙を誘います。

実際にこのような収容所での生活を体験したフランクルが、1946年、収容所を出て1年後に講演で話した内容をまとめたのが「それでも人生にイエスと言う」です。

まだ、なまなましい記憶が残っている中で行なわれた講演とは思えないほど落ち着いて話しているように思えました。先哲の言葉を引用しながら生きることの大切さを説いていきます。

「なにかを行なうこと、なにかに耐えることのどちらかで高められないような事態はない」
(ゲーテ)

「もし私がそれをしなければ、だれがするだろうか。
しかし、もし私が自分のためにだけそれをするなら、私は何であろうか。
そして、もし私がいましなければ、いつするのだろうか。」
(ヒレル)

「人生それ自体がなにかであるのではなく、人生はなにかをする機会である!」
(ヘッベル)

最後にフランクルの言葉を紹介します。

「人間はあらゆることにもかかわらず−困難と死にもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命の下にあったとしても−人生にイエスと言うことができるのです。」

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2006/03/12

朝日記の奇跡 佐藤伝著

タイトルで買ってしまう本があります。この本もなにげなく本屋でぶらぶらと目的もなくいつものようにさまよっている時に見つけたものです。「朝日記の奇跡」なんだろうなと思って読み始めると、これがなかなか面白い。

内容は買ってからのお楽しみですが、著者は13年間日記をつけていました。夜寝る前に一日の反省をするために。しかし、どうしてもうらみ日記というのでしょうか、一日の出来事の反省といいながら、いつのまにか一日でたまったストレスの吐き出し日記になってしまっていたというのです。後ろ向きなことばかり、読むだけで暗くなるような内容になってしまっていたのです。

ある日13年間書いてきて、どうしても日記を書く気にならなかった日が訪れたのでした。とうとう、何も書かずにぐっすり寝てしまった。そうすると、翌朝すごく気持ちが良かったというのです。13年間書いてきた日記をやめるのはもったいないという気持ちもあったのでしょう。すっきりした気持ちで、昨日のことを思い出しながら朝日記を書いてみた。そうするとある意味高ぶった感情が収まって、冷静に考えることができるようになり、昨日のことなので内容を忘れることもなく、前向きに考えることができるようになったと著者はいいます。

そういわれてみれば、私も日記を書けなかった日に、会社で朝書いたりするのですが、スッキリした頭でまとまって書けたことを思い出しました。

著者は朝日記を、10年連用日記のように昨年、一昨年と比較できるような媒体に書くことを勧めています。一番のお勧めはパソコンでエクセルに書くことだと勧めています。まんだらのような9つの四角に書き込むものです。書いてある通りの日記をエクセルで作って、先月ぐらいから入力しています。なかなかおもしろいなと思っています。

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2006/03/05

渡邉美樹 夢に日付を!

皆さん、日記をつけるのは一日のうち、いつごろでしょうか。ほとんどの皆さんがその日のうちにつけるのではないでしょうか。私もそうです。寝る前の15分ぐらい前にA5の手帳に今日あったことを記録したあとで自分の感想を書いています。

実は、昨年11月18日にワタミの社長、渡邉美樹さんの「夢に日付を!〜夢実現の手帳術〜」を買って読みました。東証1部上場のワタミグループを創りあげた渡邉社長の夢実現のノウホワイがすべて書かれています。夢を手帳に書くということは、GMO社長の熊谷社長も手帳術の本で書かれていますし、多くの本に書いてあります。渡邉社長の手帳術は、夢実現までの日付をいれることによって、いかに生きて行くかの「ノウホワイ=なぜやるか」を伝えてくれます。

○月○日までに、これとあれとあれをやる。夢がないのなら、夢を考えることを最初にやってみたらよい。夢を考えることを夢にすればよい。具体的に3ヵ月後までに3つ、自分のやりたいことをあげてください。これをよんで、私は今年の2月18日までに3つのことをあげることにしました。

一つ目はすぐに決まりました。資格試験合格を目指して、具体的に試験対策の学校に申し込むことにしました。もうひとつは、健康面を考えて一日一万歩あるくこと。最後はなかなか思いつかなかったのですが、家族で旅行にいくことにしました。今までであれば3つの夢を考えるぞと思っても、「いつまでに」が抜けていたためにいつの間にか忘れてしまうということが多かったと思います。ところが、手帳に2月18日までと書いただけなのに、ふと思い出すのです。「2月18日までに決めないといけないなと。」結果的に、ぎりぎりの2月18日までに3つのささやかな夢を決めることができました。

夢に日付をつけることの大切さを身をもって体験することができました。夢を決めるなら日付をつけて具体的に、これが大変大きな意味をもっているのですね。

渡邉社長は寝る前の15分ぐらいで毎日日記をつけているそうです。今日一日を振り返って猛反省することを書き出し、一日をリセットしたうえで明日にどうつなげるかを今日のうちに済ませてしまうのです。明日一日のイメージを創りあげて、そして頭の中を空っぽにして眠り、また翌日からスタートするのです。

終了した予定を赤鉛筆で塗りつぶした表紙の手帳の写真が印象的です。私もこれを取り入れて、今日のスケジュールで終了したものについては、赤鉛筆で塗りつぶすようにしました。今読み直してみると、明日一日のイメージを創りあげる部分をいつの間にか忘れてしまっていたことに気がつきました。今日からもう一度やり直そうと思っています。

心に残った言葉

夢を実現することは、実は目的ではないのです。夢とは自らが進むべき道筋をつけるために一つのゴールとして設定しているにすぎません。大切なことは、その道を歩むプロセスのなかで、それぞれが自らの人間性を高めていくことなのです。

毎日を120%で生き切る。(中略)なぜ20%の無理をしなければならないのか。それは「もしかしたら明日はないかもしれない」からです。だからこそ、今日という日はかけがえのない、尊い時間なのです。

「私はいつまでに、このことを絶対に成し遂げます。だめだったら死ぬ覚悟があります」と言って初めて仕事なのです。

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2006/02/28

「たっくんのすなお日記」が本に

ついにたっくんのすなお日記が本になりました・・・

P1000248

いや、P1000249 P1000250 1周年を記念してココログ出版で本にしてもらいました。

ニフティさんが用意していただいた魅力的なサービスを早速利用させてもらいました。

やはり手にとることができるのは本のいいところですね。

1年間いろんなことがありましたが、なんとか続けてこられたのも、コメントやトラックバックを寄せていただいた皆様のおかげだと感謝しています。

これからもいつまで続くかわかりませんが、よろしくお願いします。

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2006/02/19

30年ぶりに吉田拓郎の曲に出会った

フォークソングブームの頃から吉田拓郎のファンです。声の質が似ているので、拓郎の歌は一番歌います。その頃から拓郎の歌の中ではメジャーではないのですが、よく口ずさむ曲がありました。アルバムの片隅にひっそりとあるのですが、なぜか鮮明に覚えていて風呂でも大きな声で歌っていました。曲名もアルバム名も忘れてしまって、当時録音していたカセットテープもどこかにいってしまいました。

ところが出逢ったのです。吉田拓郎の3枚組みのベスト「吉田拓郎BEST」をいつものようにZENに入れました。通勤の時になにげなく聞いていたのです。そしたら、あの懐かしい曲が流れてきたではありませんか。すぐにポケットからZENを取り出して曲名を見ると「花酔曲」でした。こんな曲名だったのですね。すっかり忘れていました。「静」というような曲名だったような記憶があったのですが・・・

記憶に残っていたのとは少し違って、拓郎はサラリと歌っています。しかし、間違いなくあのうたです。青春といってしまうとなんとなく違うのですが、若いころの熱がこもったといったらいいのでしょうか。思わずいっしょにシャウトしてしまいました。

こーこーろのーおほー かたーすみーにー とざされてたー やさしさをー 
あなたがー おもいださせてー くれたー あはーはー 
みーじーかーいー いーひー よるーだあーあったー はなすことよりー そばーにいるー 
それだけでー たしかめあうー ふたーりー 
まちーハー ふたつーの かげーを ふかい ねむりのなかにー 
ひとのめには うつーらないように 
やさしーくー やさしーくー つつむー うーうふーふふー 
あーあーあー いきているーうーふー もつーれあーいー もがきながらー 
きょうもまたー どこかでー いきづいているー いのーちー

花酔曲

心のかたすみに 閉ざされてた やさしさを

あなたが 思い出させてくれた フーム

短い夜だった 話すことより そばにいる

それだけで たしかめ合うニ人

街はニつの影を深い眠りの中に

他人の目には うつらないように

やさしく やさしく包む

ア〜ア〜ふれあった口唇に

恋という名のさきやきを

あなたが 思い出させてくれた

フーム・・・

忘れかけてた 人の心のぬくもりを

せめて今は 感じていたい

それが それが愛さ

アーアー生きている

もつれあい もがきながら

今日もまたどこかで

息づいている 生命 .

フーム

少し間違えて覚えていたこともわかりました。

すごくうれしい気持ちになった一日でした。

拓郎バンザイ。

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2006/02/12

梅原猛「隠された十字架―法隆寺論」

隠された十字架、この題名をみただけでもなんとなく不穏なものを感じます。法隆寺論とありますから、奈良にある、「鐘が鳴るなり法隆寺」で有名な法隆寺になにかあるのかと思ってしまいます。

第一、法隆寺にしろ奈良の仏教にしても何もしらないのですから・・・

読み進んでいくと、私が知らないだけだろうと思うのですが、聖徳太子にまつわる恐ろしい話が展開してきます。法隆寺は子孫を根絶やしにされた、聖徳太子の怨念を鎮めるためのお寺だったというのです。

門の中央を閉ざす柱、千二百年の秘仏・救世観音、そして観音像の頭部に打ち付けられた釘など、著者は証拠を一つ一つあげて検証していきます。そして多分そうなのだろうなと思わされてしまいます。私は訪れたことはないのですが、法隆寺にいくとそういった霊の気配があるのかもしれません。

出雲大社や太宰府天満宮なども同じく死霊を鎮めるためのものだそうです。

先日、京都の東本願寺に立ち寄る機会がありました。御影堂が修復中で阿弥陀堂に移された親鸞聖人の御真影や安置された阿弥陀如来像などをみながら冷たい畳の上に座って目を閉じていると、一瞬何も考えていない時間があったような気がしました。わからない力を感じたような気がしました。一度法隆寺にもいってみたいものだと思っています。

読んだほうがよいとはお勧めしないのですが、不思議な本でした。

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2006/02/03

ヘレン・ケラー「楽天主義」

ヘレン・ケラーといえば、三重苦を乗り越えて障害者の救済のために一生を捧げたことで有名です。しかし、彼女が大学生の時(1903年)に書いた「楽天主義(Optimism)」は初めて知りました。

目が見えず、耳も聞こえず、話もできない、もし自分がそうだったら絶望してしまうに違いないと思いますが、彼女は違います。

彼女の言葉の中で一番衝撃を受けたのが次の言葉です。

人生は恐れを知らぬ冒険か、それとも無かのどちらかである。

健康で五体満足な自分が安穏とした毎日を送っているのに、三重苦の彼女は、人生の全てを自分への挑戦の連続として過ごしたのです。彼女にできるのになぜ自分にできないことがあるでしょうか。

人生は選択の連続です。選択肢が複数あった場合、安易な方を選んでいないかもう一度反省したいと思います。自分にはつらくても、みんなのため、社会のため、または潜在意識が望む方向であればそちらを選ぶようになりたいと思います。

心に残った言葉

人生とは興奮に満ちた仕事の実践である。
最も興奮するのは、他人のために生きることだ。

不幸せの極みにあるとき、自分にはすべきことがあるのだと信じなさい。
誰かの苦悩を和らげてあげられるかぎり、人生は無駄とはならない。

幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。けれでも、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。

この世界で最もすばらしく最も美しいものは、目で見ることも手で触れることもできない。ただ、心で感じられるだけである。

下を向いてはいけない。
いつも頭を高く上げていなさい。
そして、世界をまっすぐに見ることである。

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2006/01/29

禅のことば

つい愚痴ってしまうことがあります。なぜ自分だけこんなに苦しい目にあうのか。後ろ向きになってしまうことがあります。

そんなときは手帳をひらき、ポストイットにかいた元気の出ることばをよみます。

禅のことば

つらいことが多いのは感謝がないから

苦しいことが多いのは甘えがあるから

悲しいことが多いのは自分のことしか考えないから

行き詰まりが多いのは裸になれないから

また前向きに一日を生きていくために。

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2006/01/23

堀江社長逮捕に思う

稲盛さんの方程式でいう「考え方」が間違っていたのだと思います。能力があって、熱意があっても、その方向を間違えていたらどうにもならない。そう思います。

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