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2005年5月の7件の投稿

2005/05/23

今日だけは

古今東西の人が悩んでいる。

いろいろなことに対して取り越し苦労をしている。

この「今日だけは」という10の教訓はすばらしい。

この中のひとつでもいい。今日はやってみようと言い聞かせている。

最近ようやく悩まなくなってきた。

当然悩みのタネはいっぱいあって、その時々に衝撃を受ける。

でも、いったん受け止めてから流せるようになってきた。

全く感じないというのでは人生おもしろくない。

受け止めてから流すのである。

新幹線が猛スピードでむかってくる。

このままぶつかったら即死だ。

でも横によけるのだ。風圧でふらふらするけれども大丈夫。

このやり方が最近うまくなったのかもしれない。

毎日がなんとなく楽しいのである。

昔、目を皿にして読んでいた10の教訓を久しぶりにみた。

一、今日だけは、幸福でいよう。リンカーンは「大抵の人々は自分で決心した程度だけの幸福になれる」と言ったが、まったく至言である。幸福は内部から生じる。外部の事情ではない。

二、今日だけは、自分自身をその場の状況に順応させて、自分の欲望のためにすべてを順応させることを控えよう。自分の家族も仕事も運も、あるがままに受け入れて、自分をそれにあわせよう。

三、今日だけは、体に気をつけよう。運動をし、体を大切にし、栄養を取ろう。肉体を酷使したり、軽視したりすることは慎もう。そうすれば、身体はは意のままに動く完全な機械になるだろう。

四、今日だけは、自分の精神を鍛えよう。何か有益なことを学び取ろう。精神的な無精者にはなるまい。努力と思考と集中力を必要とする物を読もう。

五、今日だけは、魂の訓練のために三つのことをしよう。誰かに親切をほどこし、気づかれないようにしよう。ウィリアム・ジェームスが教えているように、修養のために少なくとも二つは自分のしたくないことをしよう。

六、今日だけは、愛想よくしよう。できる限り晴れやかな顔をし、穏やかな口調で話し、礼儀正しく振る舞い、惜しげ無く人をほめよう。他人の批判やアラ探しを慎み、他人を規則で縛ったり、戒めたりすることをやめよう。

七、今日だけは、今日一日だけを生き抜くことにして、人生のあらゆる問題を同時に取り組むことをやめよう。一生のあいだ続けるとしたら、いや気の指すような問題でも、十二時間ならば我慢できる。

八、今日だけは、一日の計画を立てよう。処理すべき仕事を一時間ごとに書き出そう。予定通りには行かないかもしれないが、ともかくやってみよう。そうすれば二つの悪癖ー拙速と優柔不断と縁が切れるかもしれない。

九、今日だけは、たった一人で静かにくつろぐ時間を三十分だけ生み出そう。この時間を使って、時には神について考えよう。人生に対する正しい認識が得られるかもしれない。

十、今日だけは、恐れないようにしよう。特に幸福になることを恐れたり、美しいものを楽しむことを恐れたり、愛することを恐れたり、私の愛する人が私を愛していると信じることを恐れたりしないようにしよう。

シビル・F・パートリッジ

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2005/05/22

人生の三カン王

加山雄三は永遠の青年だ。

わたしは若大将シリーズの映画を見るのが好きだ。

ワンパターンなのだが、それが安心してみていられる。

加山雄三は、経営していたスキー場が、困難な状況に陥った時、自分が何をしたいのか、何のために生きているのかを自分の心に聞いたという。
その結果、歌を歌ったり芝居をしたりすることの方が大事であり、人を喜ばせることが自分の「天職」だと気づく。

それからステージに立つと、不思議なことにお客さんの反応が変わった。

以前は、コンサートの感想として、「最高」「良かったですね」と言われていたのが、「元気をもらいました。ありがとう」と感謝されているという。

彼は、歌うだけではなく、聴いてくれる人に感謝の気持ちをもっているのだ。

加山雄三が心がける人生の三カン王(三冠王)がある。

関心を持つ

感動する

感謝する

世界的に有名なマジシャン、ハワード・サーストンに成功の秘訣を聞いた話を思い出した。

彼がマジックについて特に優れた知識をもっていたかというと、そうではない。奇術に関する書物は山ほど出版されており、彼と同じ程度に奇術について知っている者は大勢いると彼はいう。ところが、彼は、他の者にまねのできないものを二つ持っている。第一は、観客を引きつける人柄である。彼は芸人としての人情の機微を心得ている。身振り、話し方、顔の表情など、微細な点にいたるまで、前もって十分な稽古を積み、タイミングに一秒の狂いもない。つぎに、サーストンは、人間に対して真実な関心を持っている。彼の話では、大抵の奇術師は、観客を前にすると、腹のうちでこう考えるのだそうである――
「ほほう、だいぶ間の抜けたのが揃っているな。こんな連中をたぶらかすのは朝飯前だ」
ところが、サーストンは全く違う。舞台に立つ時はいつもこう考えるという――
わたしの舞台をみにきてくださるお客様があるのはありがたいことだ。おかげで、わたしは日々を安らかに暮らせる。わたしの最高の演技をご覧にいれよう
サーストンは、舞台に立つ時、必ず心の中で「わたしは、お客様を愛している」と幾度も繰り返し唱えるという。

「人を動かす」D.カーネギーより

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2005/05/21

日記

小学生のころから日記をつけていた。

たわいのないことを書いていたと思うのだが・・・

毎日といわないまでも半年に何回かは書いていた。

会社に入ってから日記はやめてしまった。

何年かたったある日、なぜか書き始めた。

最初はこんな書き出しだった。

この前日記を書いたのは、何時だっただろうか。段ボール箱から日記を取り出して見てみる。ほぼ7年間書かなかったことになる。つまり会社に入ってからは、ただの一行も書いてないのだ。
久しぶりに日記を読み返してみると、その時々に真剣に悩み考えている。悩んで考えることは辛いことだったと思う。会社に入ったときから私は考えるのをやめてしまった。考えてみたところでどうなるものでもない。それならその日一日を楽しく過ごせばいい、そう考えたと思う。
果たしてそれで良かったのか。
人生について真剣に考えることは必要だと思うようになってきた。今日から考えたことを残していこう。たとえ一行でもいいから書くようにしよう。

毎日書こうと決めて始めたのだが、なかなかこれが難しい。

3日、1か月、3か月、半年が過ぎて――長い間書かないこともあった。

でもワープロから始まって、4台目のパソコンの中で日記は続いている。

今年は年初の誓いで毎日日記をつけることに決めた。

2月28日までは毎日続いた。(過去最高記録!)

このブログを始めてからプライベートな日記は書かなくなってしまった。

ブログも1週間に1回更新するのが関の山。

なぜブログを書くのか。

誰も読んでくれなくても良い。

自分の中にたまったマグマを吐き出したいのだ。

もちろんプライベートな日記に書くという手はある。

しかし、読んでくださる方がいてコメントをいただいたときの感激は忘れられない。

万が一でも読んでもらえる可能性がある、ブログに書くということは日記とは違った意味があるような気がする。

それで300万人を超える人がブログを書いているのだと思う。

自分史を作るためのノウハウ本が本屋で平積みに並べられている。

なんらかの足跡を残したいのだと思う。自分が生きた足跡を残したいのだと思う。

日記をやめていた7年間は、手帳に金を使ったら記入した。

せめて自分が何をしたか、を手帳の中の「小遣い帳」で残そうとした。

中村天風も松下幸之助も稲盛和夫もみな、人間は成長するためにあるといっている。

金をもうけるのではなく、高い地位につくのでもなく、人間としての位をあげる。

そのために毎日努力するのだという。

人間としての位をあげるため、魂のレベルを上げるためには何をしていけばいいのだろう。

わからないけれど、電力の鬼といわれた松永安左ェ門の言葉を紹介したい。

限りある生命をもちて

 限りなき欲を求める

  人ぞ悲しき

   (「人生の鬼、電力の鬼」より)

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2005/05/15

一冊の手帳で夢は必ずかなう

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久しぶりに手帳の関係でいい本が出た。

東京証券取引所第二部に上場しているGMO・グローバルメディアオンライン株式会社の代表取締役会長兼社長熊谷正寿氏が書いた、手帳というより夢の実現方法の本である。

昔から手帳に関する本が好きで何冊も読んでいる。

「究極の手帳術、ポストイットと能率手帳で十分」(福島哲司著、明日香出版社、1991年)
能率手帳と大判のポストイットノート(655番)だけで、システム手帳を上回るシステムを構築するという画期的な内容だった。

「『ポスト・イット』知的生産術」(西村晃著、メディアパル、1996年)

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経済キャスターの西村氏がNHK記者時代に考え出したA5版能率手帳とポストイットを使ったシステムだ。小型のポストイットとペンを胸ポケットにいれて、ところかまわずアイデアがうかんだときにポストイットにメモを取り、はがしてポストイットの裏表紙に貼りつける。そして落ち着いたところでA5版の能率手帳に貼りつけるのである。能率手帳はあくまでポストイットを貼りつけるための土台であり、貼りつけられたポストイットをはがすことで仕事が完了する。その日にやらなければならないことをすべてポストイットに一件1枚で書き出して、その週の右ページに優先順位に従って上から下に貼りつける。その用件が終了したらはがして捨てるのである。はがすことが仕事を終わった印であり、快感になる。その日の仕事がどこまで終わったかが一目でわかる。

データベースとしてもつかえる。後半のメモのページはそれぞれ独立した項目のデータをポストイットに書いて蓄積する。自分独自のデータベースを作りだす。手帳は1年経つと新しく買い替えるわけだが、データの移し変えは大変な作業だった。ところがポストイットをはりかえるだけでデータの移動が完了する。西村氏は9月には翌年の手帳を購入し、データを移し変えながら新旧2冊を常に持ち歩いているという。

個人的には、西村氏のシステムを真似して使っている。しかし、ポストイットをはがしてしまうとその日に行った仕事が残らなくなってしまう。それで私は、電話、FAX、メール、郵便、宅急便、手渡し、口頭、などの記号を作り、その日の予定の仕事をすべて手帳に書く。こちらから発信する仕事で終わったものには赤ボールペンで、先方から受ける場合は緑の線を引いている。赤で消すことが快感になるのだ。その日一日が終わったあとは赤や緑で用件は消されており、残されたものが明日以降に処理すべき仕事になる。

スケジュールは小型の手帳に記入し、仕事の用件はA5版の能率手帳に記入している。

熊谷氏の手帳はスケジュールや仕事の処理といった目先のことだけではなく、将来の夢の実現まで手帳に盛り込んだ。現在東証二部上場会社の代表取締役である熊谷氏は、21歳のとき自分の夢を実現させるため、手帳に夢を書き込み、その夢を忘れないためにその手帳を肌身離さずに持ち歩き、何度も見ては夢に対する思いを確認したという。21歳のときに「35歳で自分の会社を上場させる」という大きな夢を描き、実際に35歳と1ヶ月で実現した。いろいろな成功物語やノウハウ本があるが、実際にやりとげた人の話は説得力がある。

この本を読んで一番難しいと思ったのは夢をもつことだと感じた。自分の「夢」「やりたいこと」を書き出してやりたいことリストを作る。これは簡単なようでなかなかそうではない。同氏はなかなか夢がでてこない読者に「明日死ぬとしたら何をしたいかと考えたらどんどんやりたいことが出てくる」というが、自分が明日死ぬということはあまり実感として感じられない。いきおい出てくる夢は、あまり自分を打ち振るわせるようなすばらしい夢、目標というものにはならない。「人は、夢で描いた自分の姿以上になれない」のだから、夢を描けないとこの本を読んだ意義も薄れてしまう。

ここで思い出すのは、松下幸之助の言葉である。自分のやりたいことが見つからない、ということは、自分のことだけを考えているからだ。他人のこと、社会のこと、日本のこと、世界のこと、自分が貢献するためには何ができるのかを考えることだ。

もう一度、この本を読み返してみよう。

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2005/05/07

村上ファンド、村上世彰氏の素顔

村上世彰氏といえば、東京スタイル、ニッポン放送、大阪証券取引所などへの投資で、物言う株主として、ある意味で筋の通った主張をする投資ファンド「M&Aコンサルティング(通称村上ファンド)」の代表です。

M&Aコンサルティングのホームページ
http://www.maconsulting.co.jp/page_j/index.html

同社のホームページを見ると、大阪証券取引所など現在の投資先への主張が掲載されています。新聞や雑誌で報道されているので、ご存知の方も多いと思います。村上氏の素顔を知ることができるコンテンツを見つけました。

USENが開始したGYAOという無料のネット番組にUSENの宇野社長と村上氏の対談が掲載されています(6月1日まで)。
http://www.gyao.jp/business/01/index.html

最近、ライブドアのホリエモンこと堀江社長の買収で話題になったニッポン放送についても、村上氏は早くからフジテレビジョンとの資本関係のねじれに着目して投資をしていました。

この対談で印象に残ったのは

・放送会社(許認可業務)の上場の意味は何なのか、なぜ上場しなければならないのか。

・株主として意見をいうことによりその会社の株主価値向上が見込まれる会社に対して、真正面から向かい合うというのが投資姿勢。

・投資方法は、証券取引法(5%ルール)により、上場会社の発行済株式の5%を超えて買い付けた場合に財務局に報告するまではわからない。開けてびっくりということ。

・経営者にとって必要なものは、知力、胆力、行動力。

・現在の経営者には優秀な人は少なく、反対に従業員は優秀である。

・コンテンツビジネスの未来について、コンテンツがプラットフォームを選ぶ時代になる。

・コンテンツに必要なものは、企画、キャスティング、ファイナンス。

・自分のようなTRYする人には風当たりが強い。

・証券市場のルールは白か黒かしかなく、グレーということはありない。

・チャレンジャーが勝者になった場合は世間は厳しい。

30分程度の番組ですが、一度見てみる価値はあります。

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2005/05/03

梅原猛の授業 仏教(朝日新聞社)

この本は、梅原猛氏が中学校で行った宗教の授業をまとめたものです。

近代日本の道徳教育を象徴する教育勅語には仏教の思想が全く含まれていないと感じ、新しい道徳教育を考えるには日本人が長い間培ってきた仏教の道徳を復活させなければならないとの思いから授業が実現したのです。

はずかしながら梅原猛氏の本は1冊も読んだことがなかったのですが、最近「新しい哲学を語る」(梅原猛・稲盛和夫著、PHP文庫)を読みました。その中で稲盛氏の「私は、梅原先生が中学校で行われた授業をまとめた『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社)を、朝、目が覚めて布団から出る前のぬくもりのなかで読み終えました。毎日一時間ほど丁寧に読んでいったのですが、時間の経つのを忘れてしまいました。」のことばを読んで早速読んでみたわけです。

仏教に関する知識はほとんどありません。その意味では中学生向けに行われた授業をまとめたこの本は私にちょうどよかったようです。

死んだあとの世界がないと思っているのが現在ですが、古い時代には霊魂や死んだあとに極楽浄土や天国などへ行くことが信じられていて、いま救われなくても死後の世界で救われるために、念仏を唱えたりするいろいろな宗派が出来ていった。信じない方が幸せなのか信じる方が幸せなのかはそれぞれの人によるのでしょうが、長い歴史をもった宗教、その中でも日本に大きな影響を与えてきた仏教を知ることは無駄ではないと思います。

仏教の中にはいろいろな宗派があるのですが、あらゆる仏さま・菩薩に共通の願(がん)があります。それが四弘誓願(しぐせいがん)です。

1.衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
地球上の生きとし生けるものの皆が苦しんでいる。その全てを利他の精神で救いたい。数限りのない人々(衆生)を悟りの彼岸に渡そうという誓願。

2.煩悩無数誓願断(ぼんのうむしゅせいがんだん)
いろいろある尽きることのない煩悩を断とうとする誓願。

3.法門無尽誓願学(ほうもんむじんせいがんがく)
学ぶべきことは無数にある。それを全部学んでいきたい。量り知ることのできない仏法の深い教えを学び取ろうという誓願。

4.仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
無上のこのうえものない仏の悟りをなしとげたいという誓願。

仏教をもう一度勉強してみたいと思います。

blogランキングに登録してみました。

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2005/05/01

PC-8001

pc80011

大学1年の頃、生協に展示してあったシャープのパーソナルコンピュータMZ−80をみて興味を抱いた。たしか画面ではブロック積みのプログラムが走っていた。どういう仕組みでそれが動いているのかに、ものすごく興味がわいた。画面にプログラムを表示しても、ちんぷんかんぷん。そこで、私は発売間もないNECのPC−8001を168,000円で購入した。

当時のパソコンは、記憶媒体としてテープレコーダーを使っていた。まともなプログラムをロードしようとすれば、10分ぐらいかかる事はざらだった。しかも読み込みエラーがやたらと多く使いものにならなかった。当時の記憶メモリの容量は16KBだった。16KBメモリの増設が32,000円だった。

創刊されたばかりの「ASCII」や「I/ O」などの雑誌に掲載されたプログラムリストを1日がかりで打ち込んで動かそうとするのだが、「SYNTAX ERROR!(文法のエラー)」が出るばかりで動かない。こんな努力を積み重ねながら、「宇宙戦艦ヤマト」ゲームなどをやっていた。大学のクラブの名簿をカタカナで作ったりもした。

しかしこんなものは使えない。結局、13万で売り飛ばして、ステレオセットに買い換えてしまった。

会社に入って、PC-9800を買った。3.5インチのフロッピーディスクが標準装備だった。外付けでハードディスクが出て初めてパソコンは使いやすくなったのだなあと懐かしく思い出す。ちなみに120MBの外付けハードディスクは10万円だった。

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