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2005/05/21

日記

小学生のころから日記をつけていた。

たわいのないことを書いていたと思うのだが・・・

毎日といわないまでも半年に何回かは書いていた。

会社に入ってから日記はやめてしまった。

何年かたったある日、なぜか書き始めた。

最初はこんな書き出しだった。

この前日記を書いたのは、何時だっただろうか。段ボール箱から日記を取り出して見てみる。ほぼ7年間書かなかったことになる。つまり会社に入ってからは、ただの一行も書いてないのだ。
久しぶりに日記を読み返してみると、その時々に真剣に悩み考えている。悩んで考えることは辛いことだったと思う。会社に入ったときから私は考えるのをやめてしまった。考えてみたところでどうなるものでもない。それならその日一日を楽しく過ごせばいい、そう考えたと思う。
果たしてそれで良かったのか。
人生について真剣に考えることは必要だと思うようになってきた。今日から考えたことを残していこう。たとえ一行でもいいから書くようにしよう。

毎日書こうと決めて始めたのだが、なかなかこれが難しい。

3日、1か月、3か月、半年が過ぎて――長い間書かないこともあった。

でもワープロから始まって、4台目のパソコンの中で日記は続いている。

今年は年初の誓いで毎日日記をつけることに決めた。

2月28日までは毎日続いた。(過去最高記録!)

このブログを始めてからプライベートな日記は書かなくなってしまった。

ブログも1週間に1回更新するのが関の山。

なぜブログを書くのか。

誰も読んでくれなくても良い。

自分の中にたまったマグマを吐き出したいのだ。

もちろんプライベートな日記に書くという手はある。

しかし、読んでくださる方がいてコメントをいただいたときの感激は忘れられない。

万が一でも読んでもらえる可能性がある、ブログに書くということは日記とは違った意味があるような気がする。

それで300万人を超える人がブログを書いているのだと思う。

自分史を作るためのノウハウ本が本屋で平積みに並べられている。

なんらかの足跡を残したいのだと思う。自分が生きた足跡を残したいのだと思う。

日記をやめていた7年間は、手帳に金を使ったら記入した。

せめて自分が何をしたか、を手帳の中の「小遣い帳」で残そうとした。

中村天風も松下幸之助も稲盛和夫もみな、人間は成長するためにあるといっている。

金をもうけるのではなく、高い地位につくのでもなく、人間としての位をあげる。

そのために毎日努力するのだという。

人間としての位をあげるため、魂のレベルを上げるためには何をしていけばいいのだろう。

わからないけれど、電力の鬼といわれた松永安左ェ門の言葉を紹介したい。

限りある生命をもちて

 限りなき欲を求める

  人ぞ悲しき

   (「人生の鬼、電力の鬼」より)

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