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2005/12/12

五木寛之、稲盛和夫「何のために生きるのか」

五木寛之と稲盛和夫という私の好きな2人の対談が本になった。

二人とも昭和七年生まれで第2次世界大戦を潜り抜けてきた。敗戦のときは13歳だった。

五木寛之が全体をリードしている印象が強い。

経済界と文壇という全く違った分野でそれぞれ成功した二人に共通するものがあった。

稲盛はポジティブ派。年を重ねるごとに明るく感謝して一切ネガティブなことは考えない。ネガティブなこころはネガティブなものを呼び寄せてしまうから。私は稲盛の考えに強く共感する。中村天風のポジティブな教えを受けたことも大きく影響しているに違いない。

対して五木寛之はネガティブ派。中村天風ファンとしてはいまひとつなじめないものがあった。しかし五木の原点に植民地からの壮絶な脱出、人にいえないような苦労があった。ネガティブな考えとポジティブな考えはどこかで一回りまわってつながっているという。

温室栽培の、二十四時間人工の光線に照らされているところにいて、そこに一条の光が雲間から射してきたとしても、それを光明と感じて感激することはありません。真っ暗闇のなかで、爪から血が滲むようにして希望を探している。そこへ窓から一筋の光が射してくるから、それを光明と感じて、人は感動するのです。
このことを考えると、暗闇のなかで光に合うということが大事なんだと思います。ですから、僕の言うネガティブというのは、大いなる希望への出発点なんです。

五木寛之のネガティブはただの悲観ではなかった。希望への大きな一歩だった。たましいで結ばれた二人の対談はすばらしい。

(注)敬称を省略させていただきました。ご了承ください。

こころに残った言葉

そのとき私は、言いしれぬ感動を覚えました。布施を施す側に、何の驕りも気負いもありません。もちろん返礼など期待されていません。美しい心根のままに、ただ五百円を差し出されたんです。お布施を受ける私も、その美しい心根に感謝して自然に合掌していました。
あたかも他に善かれかしと願う、美しい「利他」の心が私を包み込み、至福で全身が震え上がるぐらいでした。もうあのくらい幸せなことはないと思いました。あのときの感激は忘れません。座禅をしているときの至福と同じですね。

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コメント

はじめまして。

私は五木さんの愛読者なんですが、
同時に中村天風さんの著作にもひかれます。

たっくんさんがおっしゃるように、
ネガティブな考えは、どこかでポジティブな考えとつながるところがあるのかもしれません。

すてきなブログですね。またおうかがいします。

投稿: ほめ屋 | 2005/12/17 22:23

野末さん、はじめまして。
コメントをいただき、ありがとうございます。
五木寛之さんの本をたくさん読んでいらっしゃるのですね。私も大好きで最近はまっています。
ほめ屋というお仕事がどういうものかよくわかっていないのですが、自分のよいところ、すばらしいところに気づくお手伝いをされているのでしょうか。
すばらしいブログですね、
またよらせていただきます。
ありがとうございました。

投稿: たっくん | 2005/12/18 07:38

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