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2006年2月の4件の投稿

2006/02/28

「たっくんのすなお日記」が本に

ついにたっくんのすなお日記が本になりました・・・

P1000248

いや、P1000249 P1000250 1周年を記念してココログ出版で本にしてもらいました。

ニフティさんが用意していただいた魅力的なサービスを早速利用させてもらいました。

やはり手にとることができるのは本のいいところですね。

1年間いろんなことがありましたが、なんとか続けてこられたのも、コメントやトラックバックを寄せていただいた皆様のおかげだと感謝しています。

これからもいつまで続くかわかりませんが、よろしくお願いします。

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2006/02/19

30年ぶりに吉田拓郎の曲に出会った

フォークソングブームの頃から吉田拓郎のファンです。声の質が似ているので、拓郎の歌は一番歌います。その頃から拓郎の歌の中ではメジャーではないのですが、よく口ずさむ曲がありました。アルバムの片隅にひっそりとあるのですが、なぜか鮮明に覚えていて風呂でも大きな声で歌っていました。曲名もアルバム名も忘れてしまって、当時録音していたカセットテープもどこかにいってしまいました。

ところが出逢ったのです。吉田拓郎の3枚組みのベスト「吉田拓郎BEST」をいつものようにZENに入れました。通勤の時になにげなく聞いていたのです。そしたら、あの懐かしい曲が流れてきたではありませんか。すぐにポケットからZENを取り出して曲名を見ると「花酔曲」でした。こんな曲名だったのですね。すっかり忘れていました。「静」というような曲名だったような記憶があったのですが・・・

記憶に残っていたのとは少し違って、拓郎はサラリと歌っています。しかし、間違いなくあのうたです。青春といってしまうとなんとなく違うのですが、若いころの熱がこもったといったらいいのでしょうか。思わずいっしょにシャウトしてしまいました。

こーこーろのーおほー かたーすみーにー とざされてたー やさしさをー 
あなたがー おもいださせてー くれたー あはーはー 
みーじーかーいー いーひー よるーだあーあったー はなすことよりー そばーにいるー 
それだけでー たしかめあうー ふたーりー 
まちーハー ふたつーの かげーを ふかい ねむりのなかにー 
ひとのめには うつーらないように 
やさしーくー やさしーくー つつむー うーうふーふふー 
あーあーあー いきているーうーふー もつーれあーいー もがきながらー 
きょうもまたー どこかでー いきづいているー いのーちー

花酔曲

心のかたすみに 閉ざされてた やさしさを

あなたが 思い出させてくれた フーム

短い夜だった 話すことより そばにいる

それだけで たしかめ合うニ人

街はニつの影を深い眠りの中に

他人の目には うつらないように

やさしく やさしく包む

ア〜ア〜ふれあった口唇に

恋という名のさきやきを

あなたが 思い出させてくれた

フーム・・・

忘れかけてた 人の心のぬくもりを

せめて今は 感じていたい

それが それが愛さ

アーアー生きている

もつれあい もがきながら

今日もまたどこかで

息づいている 生命 .

フーム

少し間違えて覚えていたこともわかりました。

すごくうれしい気持ちになった一日でした。

拓郎バンザイ。

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2006/02/12

梅原猛「隠された十字架―法隆寺論」

隠された十字架、この題名をみただけでもなんとなく不穏なものを感じます。法隆寺論とありますから、奈良にある、「鐘が鳴るなり法隆寺」で有名な法隆寺になにかあるのかと思ってしまいます。

第一、法隆寺にしろ奈良の仏教にしても何もしらないのですから・・・

読み進んでいくと、私が知らないだけだろうと思うのですが、聖徳太子にまつわる恐ろしい話が展開してきます。法隆寺は子孫を根絶やしにされた、聖徳太子の怨念を鎮めるためのお寺だったというのです。

門の中央を閉ざす柱、千二百年の秘仏・救世観音、そして観音像の頭部に打ち付けられた釘など、著者は証拠を一つ一つあげて検証していきます。そして多分そうなのだろうなと思わされてしまいます。私は訪れたことはないのですが、法隆寺にいくとそういった霊の気配があるのかもしれません。

出雲大社や太宰府天満宮なども同じく死霊を鎮めるためのものだそうです。

先日、京都の東本願寺に立ち寄る機会がありました。御影堂が修復中で阿弥陀堂に移された親鸞聖人の御真影や安置された阿弥陀如来像などをみながら冷たい畳の上に座って目を閉じていると、一瞬何も考えていない時間があったような気がしました。わからない力を感じたような気がしました。一度法隆寺にもいってみたいものだと思っています。

読んだほうがよいとはお勧めしないのですが、不思議な本でした。

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2006/02/03

ヘレン・ケラー「楽天主義」

ヘレン・ケラーといえば、三重苦を乗り越えて障害者の救済のために一生を捧げたことで有名です。しかし、彼女が大学生の時(1903年)に書いた「楽天主義(Optimism)」は初めて知りました。

目が見えず、耳も聞こえず、話もできない、もし自分がそうだったら絶望してしまうに違いないと思いますが、彼女は違います。

彼女の言葉の中で一番衝撃を受けたのが次の言葉です。

人生は恐れを知らぬ冒険か、それとも無かのどちらかである。

健康で五体満足な自分が安穏とした毎日を送っているのに、三重苦の彼女は、人生の全てを自分への挑戦の連続として過ごしたのです。彼女にできるのになぜ自分にできないことがあるでしょうか。

人生は選択の連続です。選択肢が複数あった場合、安易な方を選んでいないかもう一度反省したいと思います。自分にはつらくても、みんなのため、社会のため、または潜在意識が望む方向であればそちらを選ぶようになりたいと思います。

心に残った言葉

人生とは興奮に満ちた仕事の実践である。
最も興奮するのは、他人のために生きることだ。

不幸せの極みにあるとき、自分にはすべきことがあるのだと信じなさい。
誰かの苦悩を和らげてあげられるかぎり、人生は無駄とはならない。

幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。けれでも、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。

この世界で最もすばらしく最も美しいものは、目で見ることも手で触れることもできない。ただ、心で感じられるだけである。

下を向いてはいけない。
いつも頭を高く上げていなさい。
そして、世界をまっすぐに見ることである。

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