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2008年8月の2件の投稿

2008/08/25

座右のニーチェ 

斎藤孝著「座右の○○」シリーズの最新刊、座右のニーチェです。

座右のゲーテ、座右の諭吉と読みました。

斎藤さんの本を読むと元気が湧いてきます。

ニーチェの言葉は、「熱い」言葉です。

アフォリズム(箴言)を得意とする思想家であるニーチェは、
短い、こころに突き刺さるような、触ると切れるような、言葉を目の前に並べてくれます。

一番最初の言葉を紹介しましょう。

君は君の友のために、自分をどんなに美しく装っても、装いすぎることはないのだ。
君は友にとって、超人を目指して飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから。

「超人を目指して飛ぶ一本の矢」、「憧れの熱意」

すごい。

ニーチェは常に前進することを目標にしていたようです。「自分自身に安住するな」
「過去の成功体験を捨てて、新しいこと、新しいものに挑戦する勇気を持つこと」

8月25日は、ニーチェの命日です。
彼の晩年はまことに痛ましく、1889年1月3日に旅先のイタリアのトリノの町で
精神錯乱を起こし、以後10年あまりを母と次いで妹に看取られながら過ごしたそうです。
1900年の8月25日ワイマールで永眠しました。

8月25日の日本経済新聞夕刊のあすへの話題に「ピアノを弾くニーチェ」という題で
哲学者の木田 元氏が書かれていました。

偉大なる思想家ニーチェの冥福を祈ります。

こころに残った言葉

意欲というのは、いい換えれば、「その運命を欲するか」である。
「あなたはこうなる運命を求めていくつもりがあるか」という人生からの最後通牒だ。

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2008/08/24

福澤諭吉 人生の言葉

1899年(明治22年)に慶応義塾を卒業後、松江日報主筆を手始めに、三井銀行を経て、1911年(明治44年)経営危機にあった王子製紙専務に就任。再建を成し遂げて製紙王とも呼ばれた「偉大なる平凡人」藤原銀次郎。王子製紙社長を退いた後、政界でも活躍し、1938年(昭和13年)には科学技術者の育成のために、後の慶應義塾大学工学部となる藤原工業大学も設立しています。
福澤諭吉に直接教えを受けた藤原銀次郎が、福澤諭吉の「実学」「経営」「独立自尊」の教えをやさしく説き明かした名著が、慶応義塾創立150周年を前に復刊されました。

成功した藤原の目を通して、福澤諭吉の言葉や処世訓をわかりやすく解説してあります。経営者に読む価値があると同時に、これから夢を実現したいと考えている若いサラリーマンにも役にたつと思います。

慶応義塾創立150年を迎えるということは、この本に書かれている福沢諭吉の言葉は150年前の言葉ということになるわけですが、少しも古くありません。サブプライム問題にゆれる現代にも十分通用する含蓄のあることばばかりです。

改めて福澤諭吉の偉大さを認識しました。単なるハウツウ本とは違う1冊です。

こころに残った言葉

「あまり一つの問題にとらわれすぎず、限界を広く、気を大きく持つように」
何事にもとらわれてしまってはいけない。いろいろな大問題、難問題にぶつかると、人はみなあわてふためいて正しい判断をあやまるものであるが、そんな場合、一歩しりぞいて静かに考えれば、必ず判断もあやまらないだろうし、いい知恵も自然に生まれる。

「得意冷然、失意泰然」
仕事がうまくいっている時には、実った稲が頭を下げるように謙虚にそして冷静に行動し、一方失敗してもしょげることなく次の成功のためにゆっくりと準備を始めていく。いい時があれば悪い時もある。その時その時に一喜一憂せずに人生そんなものだ、と自分を信じて努力をしていくということです。

職業に貴賎はない。何でもよろしい、人はその暮らしを立てるために、必ず一つの職業を選ばなければならない。職業は自由だ。しかし少しでもそれが世の中にプラスになるものであることが必要だ。

大会社に入ろうと思うな、中小企業の経営こそおもしろいんだ

もっといっぱいおもしろい言葉がありますが、それは実際に読んでみてください。

それでは、また。

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