カテゴリー「書籍・雑誌」の56件の投稿

2008/09/14

斉藤一人著「ツイてる!」(角川新書)

まるかんの「スリムドカン」で有名な斉藤一人さんの本です。

斉藤さんは、長者番付トップの常連です。なぜそんなにお金儲けができるのか。

以前「変な人の書いた成功法則」という斉藤さんの本を読んだことがあります。

読後の印象をこのブログに書いておけば良かったのですが、覚えているのは
「お金の向きを揃えて財布にいれていれば金持ちになれる」、とか「『ツイてる!』
を千回繰り返せば幸せになれる」とかうわべのことだけになっていました。

「ツイてる!」を読んで、思い出しました。

 どんな時でも幸せになって、有り余る幸せを他の人におすそ分けしよう。

 他の人になだれのように幸せがきますように!

金儲けにはなにか後ろめたい気持ちを持つ人がまだまだ多いようです。

お金もちになって税金をいっぱい払うことは悪いことではない。
お金のありがたさと怖さを知って、使うときには「いってこいよ」と気持ちよく
送り出してあげる。そうすることで、お金はまた回り回って帰ってくるのです。

もちろんお金を運んでくるのは人間です。お金の向きをそろえるのは表面的なことで
尊いお金は尊い働きによって初めて得られるという当たり前のことに気づかせてくれます。

付属のCDもすばらしいと思います。

「ツイてる!」という言葉は、自分の機嫌を取る言葉です。常に自分の機嫌をとることで
自分の中に上機嫌が貯まっていきます。あふれでる上機嫌を回りの人に注いであげる。

運命の悪い人、体の具合の悪い人は、人の機嫌をとっていて自分の機嫌が悪くなって
しまっている可能性が高い。
どんな時でも機嫌よくするための魔法の言葉が「ツイてる!」なのです。

心に残った言葉

うまくいかない時には自分のやり方に間違いがあると思えば良い。間違いを正せば
苦労はなくなる。

自分はツイてると思って挑戦すること。失敗してもそれから学べばよい。何もしないことが
一番ダメ。「ツイてる」という言葉で一歩足を前に出す。そうすれば前に進むための
アイデアが出てくる。「ツキがツキを呼ぶ」というのはこのことです。

神様の思いやりから生まれたのがお金。もっとお金を大切にしてあげよう。

お金を貯めるには「運勢」をよくする。「ハイ!」と返事をして即座にとりかかろう。

どっちが正しいかではなく、どうすれば楽しくなるかを基準にする。

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2008/08/25

座右のニーチェ 

斎藤孝著「座右の○○」シリーズの最新刊、座右のニーチェです。

座右のゲーテ、座右の諭吉と読みました。

斎藤さんの本を読むと元気が湧いてきます。

ニーチェの言葉は、「熱い」言葉です。

アフォリズム(箴言)を得意とする思想家であるニーチェは、
短い、こころに突き刺さるような、触ると切れるような、言葉を目の前に並べてくれます。

一番最初の言葉を紹介しましょう。

君は君の友のために、自分をどんなに美しく装っても、装いすぎることはないのだ。
君は友にとって、超人を目指して飛ぶ一本の矢、憧れの熱意であるべきだから。

「超人を目指して飛ぶ一本の矢」、「憧れの熱意」

すごい。

ニーチェは常に前進することを目標にしていたようです。「自分自身に安住するな」
「過去の成功体験を捨てて、新しいこと、新しいものに挑戦する勇気を持つこと」

8月25日は、ニーチェの命日です。
彼の晩年はまことに痛ましく、1889年1月3日に旅先のイタリアのトリノの町で
精神錯乱を起こし、以後10年あまりを母と次いで妹に看取られながら過ごしたそうです。
1900年の8月25日ワイマールで永眠しました。

8月25日の日本経済新聞夕刊のあすへの話題に「ピアノを弾くニーチェ」という題で
哲学者の木田 元氏が書かれていました。

偉大なる思想家ニーチェの冥福を祈ります。

こころに残った言葉

意欲というのは、いい換えれば、「その運命を欲するか」である。
「あなたはこうなる運命を求めていくつもりがあるか」という人生からの最後通牒だ。

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2008/08/24

福澤諭吉 人生の言葉

1899年(明治22年)に慶応義塾を卒業後、松江日報主筆を手始めに、三井銀行を経て、1911年(明治44年)経営危機にあった王子製紙専務に就任。再建を成し遂げて製紙王とも呼ばれた「偉大なる平凡人」藤原銀次郎。王子製紙社長を退いた後、政界でも活躍し、1938年(昭和13年)には科学技術者の育成のために、後の慶應義塾大学工学部となる藤原工業大学も設立しています。
福澤諭吉に直接教えを受けた藤原銀次郎が、福澤諭吉の「実学」「経営」「独立自尊」の教えをやさしく説き明かした名著が、慶応義塾創立150周年を前に復刊されました。

成功した藤原の目を通して、福澤諭吉の言葉や処世訓をわかりやすく解説してあります。経営者に読む価値があると同時に、これから夢を実現したいと考えている若いサラリーマンにも役にたつと思います。

慶応義塾創立150年を迎えるということは、この本に書かれている福沢諭吉の言葉は150年前の言葉ということになるわけですが、少しも古くありません。サブプライム問題にゆれる現代にも十分通用する含蓄のあることばばかりです。

改めて福澤諭吉の偉大さを認識しました。単なるハウツウ本とは違う1冊です。

こころに残った言葉

「あまり一つの問題にとらわれすぎず、限界を広く、気を大きく持つように」
何事にもとらわれてしまってはいけない。いろいろな大問題、難問題にぶつかると、人はみなあわてふためいて正しい判断をあやまるものであるが、そんな場合、一歩しりぞいて静かに考えれば、必ず判断もあやまらないだろうし、いい知恵も自然に生まれる。

「得意冷然、失意泰然」
仕事がうまくいっている時には、実った稲が頭を下げるように謙虚にそして冷静に行動し、一方失敗してもしょげることなく次の成功のためにゆっくりと準備を始めていく。いい時があれば悪い時もある。その時その時に一喜一憂せずに人生そんなものだ、と自分を信じて努力をしていくということです。

職業に貴賎はない。何でもよろしい、人はその暮らしを立てるために、必ず一つの職業を選ばなければならない。職業は自由だ。しかし少しでもそれが世の中にプラスになるものであることが必要だ。

大会社に入ろうと思うな、中小企業の経営こそおもしろいんだ

もっといっぱいおもしろい言葉がありますが、それは実際に読んでみてください。

それでは、また。

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2007/03/21

日蓮 大仏次郎

日蓮と聞いて何を思い出しますか。ほとんどの人は「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)」というお経を思い出すのではないでしょうか。

日蓮は法華経を唯一の経典として天台宗など他宗を攻撃したため、宗教的な迫害を受けました。しかし、お釈迦様が法華経は一番すぐれた経典だが、布教に際して誤解を生みやすく、これを広めるものは迫害を受ける恐れがある、ということを述べています。日蓮は自分が迫害されること自体が、法華経が一番優れた教えであることの証明だとして、それを耐え抜きました。

日蓮は鎌倉時代の僧で日蓮宗の開祖です。始めは天台宗を学んでいましたが、その過程で、仏教の経典の中でも法華経が一番すぐれていて、天台宗、禅宗、真言密教、浄土宗、浄土真宗などはうその教えであるとして、法華経以外を厳しく糾弾します。

当然、既存の宗教界や支配階級からは目の敵にされました。伊豆と佐渡に流され、辛い環境にも係らず、その地で確実に法華経の信者を増やしていきました。鎌倉時代の末期は干ばつや火事、地震、戦争、蒙古の来襲などあらゆる苦難が降りかかりました。日蓮は、経典をもとにそれらを予言し、時の執権に「立正安国論」を提出して、世の中を良くするためには法華経を国の宗教として、他の宗教をやめるように提言しました。もちろん受け入れられずに追放されるわけですが、その熱い思いは序序に支配階級にも伝わっていくのでした。

苦難の連続の中で常に前向きに自らの使命を貫き通した、日蓮の思いを感じることのできる一冊でした。

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2006/11/25

ツキの大原則 西田 文郎著

久しぶりにいい本を読みました。表紙をみると、ちょっとふざけているのかなと思っていましたが、読んでみると期待以上の中身の濃い本でした。

”つく”ためには、まず感謝の気持ちを持つことが最低限必要です。感謝の気持ちがあれば、そこからつながりがでてくるのです。

しかし、感謝する対象が見つからない人も多いかもしれません。そこで著者はこんな例を挙げています。

私には2人の親がいる。2人の親にもそれぞれ2人の親がいる。この4人の祖父母にもそれぞれ2人の親がいる。このようにたどって20代前まで数えると、1,048,576人の先祖がいたことになる。それが30代前になるとだいたい平安時代の末期で、先祖の総計は1,073,741,824人という膨大な数になる。この1,073,741,824人のうち、たった1人でも何かの拍子に早死したり、男女の組み合わせがひとつでも違っていたら、あなたは生まれてこなかった。それぞれの人がそれぞれの人生を懸命に、真剣に、けなげにまっとうしてくれたから「私」がいる。1,073,741,824人の先祖全員に「ありがとう」というべきであろう。

これにはまいりました。そうだよな。自分が今生きていると言うことはとてつもなく幸運なことで、言葉を変えていえば奇跡のようなことなわけです。著者は続けます。

だからあなたが今、ここに、こうして生きていることは、確率として見れば奇跡としかいいようがない。(中略)それほどの難関を突破して、今、ここにたどり着いたのだから、あなたは最高にツイているし、最高の強運の持ち主なのだ。

そうなのです。生きているだけで儲けモノなのです。そして私がそうであるということは、今生きている人、皆がそうであるということなのです。今地球上に生きている人は、みな「奇跡の人」なのです。今、一緒に暮らしている家族、親類、友人、会社の同僚、上司、部下、ビルの掃除のおばさん、道ですれ違った人、などなど。全ての私の前にいる人、それ自体が奇跡なのです。これを考えると、自然に感謝の気持ちがわいてくるではありませんか。

もしかすると健康を害しているかも知れない。苦しいことがあるかもしれない。心配で心配で眠れないかもしれない。でも今生きているのなら、全てに感謝できるではないか。”ツイている”と思えるではないか、ということなのです。

落ち込んでいる人、自分は何かツイていないなと思っているなら、一度読んでみるといいかもしれません。

心に残った言葉

人間が一番信じられないのが自分自身である。自分を信じる一番の方法は、他人を信じることだ。

人や環境に対する感謝の感情は、強い自分をつくる。

自慢してしまえば、弱点は強さになる。

熱意と感動は、ツイている人間を引き寄せる磁石である。

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2006/11/11

松下政経塾 塾長問答集 塾生との対話

松下政経塾ができてから4年経った、昭和58年に書かれた本です。松下さんは90歳です。忙しい仕事のあいまをぬって、塾生たちと交わした会話の記録が集められています。まだ、塾出身の国会議員はでていません。何の実績もない中でこれから塾をどうしたらいいのか、ブランドを確立するためにどうしていくのか。塾生との対話の中に、よりよく生きるためのヒントがありました。

1.自己観照のすすめ
  一度自分から出て、外から自分をみてみる。自分で悪いと思ったことは自分でなおす。

2.素志貫徹
  塾の五誓の一つでもあります。決めたら徹してやれ。一本筋を通して。

3.主体性を持つこと

4.衆議をもってことを決めること。何事も独断ではなく、相談すること。

5.和をもって貴しとする

6.人情の機微を知ること
  これが分かれば行く手に障害はない。女性に魅力的と思われるようにならなければいけない。

7.成功するとかしないということではなく、「やらなければならない」ということを信じてやる

8.鳴かぬなら それもなおよし ほととぎす

9.なにごとも素直な気持ちでやる
  話を聞くときは虚心になって聞く
  勉強というものは概して虚心にならないといけない
  いったん自分の志を無にして聞いてみる

10.悟りを得ること

11.人間を知ること

12.知識ではなく知恵をつけること

松下幸之助さんは神様のような人ですから、これを全てやることは難しいとおもいます。自己観照や頭の中を空っぽにして素直な気持ちで人の話を聞くことからできたらよいなと思います。

それでは、また。 

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2006/05/31

人生談義 松下幸之助

私は運がいい、ということを思い出しました。

すっかり忘れていたのですが、この本を読んで思い出しました。港の近くで遊んでいた小学校低学年の私は、海に落ちてしまいました。泳ぎを覚える前でパニックになった私を、そこへたまたま通りかかった郵便配達のおじさんが、助けてくれたのです。九死に一生というのはこのことをいうのでしょう。もしそのおじさんがそこを通らなかったら、恐らく私は今こんな文章を書くことはなかったでしょう。おじさんが亡くなったときに、助けてもらったことを思い出した記憶があります。

松下幸之助さんも同じような目に遭っていました。船にのっている時のことです。足をすべらせた船員に抱きつかれ、船べりに座っていた幸之助さんは一緒に海に落ちてしまったのでした。なんとか浮くことだけはできたので2~3分ばたばたと頑張っていたら、船が戻ってきてくれて助けてくれたのです。

自分では気がついていないか、忘れてしまっているのですが、実は自分は運がいいのです。今生きていること自体が、よくよく考えると、とてつもなく運がいいのです。

1ヶ月以上休んでいましたが、また、ぽつりぽつりと書いていきたいと思います。

それではまた。

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2006/04/15

大聖堂(上・中・下) ケン・フォレット著

読み出したらとまらない本、というのはそうはありません。

俳優の児玉清さんが月間PHP4月号の特集「僕の気持ちを軽くしてくれる本」に紹介していた、ケン・フォレット著「大聖堂(上・中・下)」はまさに読み出したらとまらない本です。

「大聖堂建築に命を賭けた石工の物語は、まさに波瀾万丈、彼の不撓不屈の精神と美しき姫との恋の行方は、何度読んでも僕の心を虜にする。人生憂きことなど颯と吹き飛ばし、心を軽快にしてくれる珠玉の極め付きの一冊だ。」
(月間PHP4月号の特集「僕の気持ちを軽くしてくれる本」より)

12世紀のイギリスをキングスブリッジ修道院を舞台にした物語です。有能な石工であるトムは、いつかは大聖堂を建築したいという希望を胸に放浪を続けていますが、食べるものがなくなり、餓死寸前のところまで追い込まれます。教会は宿と食事を施してくれるのですが、1泊だけです。次の日には出て行かなければなりません。

今は、空腹を感じたらどこでもかけこめばそばぐらい食べられます。空腹が長引くという経験は生まれてこのかた、したことがありません。倒れるくらいに腹がへるという状況がどのようなものなのかなあ、と物語とは関係ないことに興味を覚えました。

トムの人生も波瀾万丈ですが、もう一人の主人公、キングスブリッジ修道院長のフィリップの人生も、ウィリアム伯爵やウォルター司教など数々の障壁にいくてをさえぎられます。神は試練を与えたもうたのか、聖職者だけにその都度絶望的になりそうな場面で、七転び八起きと絶対にあきらめずに戦っていくのです。ここがこの本の真骨頂でしょう。

ディックの本棚http://blog.livedoor.jp/dick21/archives/50275888.htmlのディックさんの書評が大変参考になるので引用させていただきました。

また、この小説はけっしてプロットのおもしろさだけではない。
森と都市、領主と領民、貴族と国王、王権と教会、迷信と知恵、富と貧困、こうした中世の社会を形作っていたものの関係が、しっかりと描き込まれていて、経済や政治の仕組みがごく自然に理解されてくる。情感たっぷりの物語でありながら、こうした基礎的な部分がしっかりとしているので、とてもリアリティがある。
 中世の終わり頃というと、王権が強くなってキリスト教の支配領域を少しずつ浸食しようとし、それに対して教会が既得権を守ろうと必死になっていた。そういう中世のイギリスに対する理解を深められる、という点でも、興味深い本なのだ。
 ゴシック建築に対する理解があればより一層楽しめるはず。

国王と教会の対立という点は、その原点がローマ帝国とキリスト教会の関係までさかのぼります。最近読んだ塩野七生の「ローマ人の物語 キリストの勝利」は司教の前にひざまずくローマ皇帝を書いています。

どんな時にもくじけずに前向きに挑戦する。くじけそうになったらもう一度読み返したい本です。

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2006/03/19

それでも人生にイエスと言う V.E.フランクル

それでも人生にイエスと言う

なんという良い言葉でしょう。

著者のV.E.フランクルは「夜と霧」を書いたことで有名です。第2次世界大戦中にナチスドイツによって強制収容所に入れられ、奇跡的に生還した数少ないユダヤ人の一人です。どのような人が、絶望的な状況に置かれても、希望を失わずに前向きに生きられるのでしょうか。夜と霧には実際にそれを体験した人にしかかけない内容があります。

映画で思い出すのは、「ライフ・イズ・ビューティフル」です。前半の明るいコミカルなムードと、主人公が強制収容所に入れられる後半のコントラストには大きな落差があります。収容所の中で、収容所の日常をゲームにたとえて、子どもをおびえさせないように、そして最後まで生き延びることができるようにする主人公の行動は見るものの涙を誘います。

実際にこのような収容所での生活を体験したフランクルが、1946年、収容所を出て1年後に講演で話した内容をまとめたのが「それでも人生にイエスと言う」です。

まだ、なまなましい記憶が残っている中で行なわれた講演とは思えないほど落ち着いて話しているように思えました。先哲の言葉を引用しながら生きることの大切さを説いていきます。

「なにかを行なうこと、なにかに耐えることのどちらかで高められないような事態はない」
(ゲーテ)

「もし私がそれをしなければ、だれがするだろうか。
しかし、もし私が自分のためにだけそれをするなら、私は何であろうか。
そして、もし私がいましなければ、いつするのだろうか。」
(ヒレル)

「人生それ自体がなにかであるのではなく、人生はなにかをする機会である!」
(ヘッベル)

最後にフランクルの言葉を紹介します。

「人間はあらゆることにもかかわらず−困難と死にもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命の下にあったとしても−人生にイエスと言うことができるのです。」

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2006/03/05

渡邉美樹 夢に日付を!

皆さん、日記をつけるのは一日のうち、いつごろでしょうか。ほとんどの皆さんがその日のうちにつけるのではないでしょうか。私もそうです。寝る前の15分ぐらい前にA5の手帳に今日あったことを記録したあとで自分の感想を書いています。

実は、昨年11月18日にワタミの社長、渡邉美樹さんの「夢に日付を!〜夢実現の手帳術〜」を買って読みました。東証1部上場のワタミグループを創りあげた渡邉社長の夢実現のノウホワイがすべて書かれています。夢を手帳に書くということは、GMO社長の熊谷社長も手帳術の本で書かれていますし、多くの本に書いてあります。渡邉社長の手帳術は、夢実現までの日付をいれることによって、いかに生きて行くかの「ノウホワイ=なぜやるか」を伝えてくれます。

○月○日までに、これとあれとあれをやる。夢がないのなら、夢を考えることを最初にやってみたらよい。夢を考えることを夢にすればよい。具体的に3ヵ月後までに3つ、自分のやりたいことをあげてください。これをよんで、私は今年の2月18日までに3つのことをあげることにしました。

一つ目はすぐに決まりました。資格試験合格を目指して、具体的に試験対策の学校に申し込むことにしました。もうひとつは、健康面を考えて一日一万歩あるくこと。最後はなかなか思いつかなかったのですが、家族で旅行にいくことにしました。今までであれば3つの夢を考えるぞと思っても、「いつまでに」が抜けていたためにいつの間にか忘れてしまうということが多かったと思います。ところが、手帳に2月18日までと書いただけなのに、ふと思い出すのです。「2月18日までに決めないといけないなと。」結果的に、ぎりぎりの2月18日までに3つのささやかな夢を決めることができました。

夢に日付をつけることの大切さを身をもって体験することができました。夢を決めるなら日付をつけて具体的に、これが大変大きな意味をもっているのですね。

渡邉社長は寝る前の15分ぐらいで毎日日記をつけているそうです。今日一日を振り返って猛反省することを書き出し、一日をリセットしたうえで明日にどうつなげるかを今日のうちに済ませてしまうのです。明日一日のイメージを創りあげて、そして頭の中を空っぽにして眠り、また翌日からスタートするのです。

終了した予定を赤鉛筆で塗りつぶした表紙の手帳の写真が印象的です。私もこれを取り入れて、今日のスケジュールで終了したものについては、赤鉛筆で塗りつぶすようにしました。今読み直してみると、明日一日のイメージを創りあげる部分をいつの間にか忘れてしまっていたことに気がつきました。今日からもう一度やり直そうと思っています。

心に残った言葉

夢を実現することは、実は目的ではないのです。夢とは自らが進むべき道筋をつけるために一つのゴールとして設定しているにすぎません。大切なことは、その道を歩むプロセスのなかで、それぞれが自らの人間性を高めていくことなのです。

毎日を120%で生き切る。(中略)なぜ20%の無理をしなければならないのか。それは「もしかしたら明日はないかもしれない」からです。だからこそ、今日という日はかけがえのない、尊い時間なのです。

「私はいつまでに、このことを絶対に成し遂げます。だめだったら死ぬ覚悟があります」と言って初めて仕事なのです。

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2006/02/12

梅原猛「隠された十字架―法隆寺論」

隠された十字架、この題名をみただけでもなんとなく不穏なものを感じます。法隆寺論とありますから、奈良にある、「鐘が鳴るなり法隆寺」で有名な法隆寺になにかあるのかと思ってしまいます。

第一、法隆寺にしろ奈良の仏教にしても何もしらないのですから・・・

読み進んでいくと、私が知らないだけだろうと思うのですが、聖徳太子にまつわる恐ろしい話が展開してきます。法隆寺は子孫を根絶やしにされた、聖徳太子の怨念を鎮めるためのお寺だったというのです。

門の中央を閉ざす柱、千二百年の秘仏・救世観音、そして観音像の頭部に打ち付けられた釘など、著者は証拠を一つ一つあげて検証していきます。そして多分そうなのだろうなと思わされてしまいます。私は訪れたことはないのですが、法隆寺にいくとそういった霊の気配があるのかもしれません。

出雲大社や太宰府天満宮なども同じく死霊を鎮めるためのものだそうです。

先日、京都の東本願寺に立ち寄る機会がありました。御影堂が修復中で阿弥陀堂に移された親鸞聖人の御真影や安置された阿弥陀如来像などをみながら冷たい畳の上に座って目を閉じていると、一瞬何も考えていない時間があったような気がしました。わからない力を感じたような気がしました。一度法隆寺にもいってみたいものだと思っています。

読んだほうがよいとはお勧めしないのですが、不思議な本でした。

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2006/02/03

ヘレン・ケラー「楽天主義」

ヘレン・ケラーといえば、三重苦を乗り越えて障害者の救済のために一生を捧げたことで有名です。しかし、彼女が大学生の時(1903年)に書いた「楽天主義(Optimism)」は初めて知りました。

目が見えず、耳も聞こえず、話もできない、もし自分がそうだったら絶望してしまうに違いないと思いますが、彼女は違います。

彼女の言葉の中で一番衝撃を受けたのが次の言葉です。

人生は恐れを知らぬ冒険か、それとも無かのどちらかである。

健康で五体満足な自分が安穏とした毎日を送っているのに、三重苦の彼女は、人生の全てを自分への挑戦の連続として過ごしたのです。彼女にできるのになぜ自分にできないことがあるでしょうか。

人生は選択の連続です。選択肢が複数あった場合、安易な方を選んでいないかもう一度反省したいと思います。自分にはつらくても、みんなのため、社会のため、または潜在意識が望む方向であればそちらを選ぶようになりたいと思います。

心に残った言葉

人生とは興奮に満ちた仕事の実践である。
最も興奮するのは、他人のために生きることだ。

不幸せの極みにあるとき、自分にはすべきことがあるのだと信じなさい。
誰かの苦悩を和らげてあげられるかぎり、人生は無駄とはならない。

幸せの扉がひとつ閉じるとき、別の扉がひとつ開く。けれでも、私たちは閉じたほうばかり見つめていて、私たちのために開けられた扉に気づかないことが多い。

この世界で最もすばらしく最も美しいものは、目で見ることも手で触れることもできない。ただ、心で感じられるだけである。

下を向いてはいけない。
いつも頭を高く上げていなさい。
そして、世界をまっすぐに見ることである。

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2006/01/23

稲盛和夫「生き方」

何のために生きるか、どのような行き方をしたらよいのか、京セラ名誉会長でもある稲盛氏が語ります。

仕事とは、生活の糧を稼ぐために、しかたなく自分の時間を切り売りすることではなく、自分を高めるために必要なことです。仕事を一生懸命にやることは、自分のため、自分の家族のため、会社のため、そしてそれは社会のためでもあります。稲盛氏は宮大工の例をあげて、何十年と一つの道に打ち込んできた人は、何か崇高なすばらい光を持っているといいます。仕事に一生懸命に打ち込むことで、人間が磨かれていくのです。

今現在自分が生きていることは、有り難いことです。ただ生きているだけでもすばらしい。生きていくために豚や牛や鳥など他の生き物の命をもらっていること、朝になって目が覚めること(朝が来るのは当たり前じゃないかと思うかも知れませんが、いつかそうでない日が100%来ます)、全てのことに感謝の気持ちを持つことが重要だと稲盛氏はいいます。感謝の念は知足(足るを知ること)につながるのです。

人生の方程式は、熱意×能力×考え方であると著者はいいます。たとえ能力は劣っていても、熱意を持って取り組んでいけば、手を抜いている能力の高い人を超えることができる。もっと大事なのは考え方です。どんなに能力があり、熱意があってもその方向が間違っていてはどうにもなりません。著者も就職が決まらずに困っていた頃、ふとやくざにでもなろうかと考えた時期があったといいます。その道でもどこかの組の親分ぐらいにはなったでしょうが、それでは正しい生き方とはいえません。自らの心に聞いて、善いと思うこと、正しいと思うことを行なうことです。

素直な心の大切さについては、松下幸之助さんもいっています。このブログの名前も松下幸之助さんの「素直な心になるために」から拝借いたしました。

どんなに親身になってアドバイスをしても、それを受け入れるだけの素直な気持ちがなければその人のものにはなりません。中村天風もいっています。頭の中がくだらない、否定的な考えで満たされている人にはどんなにありがたいことを教えようとしても、ただこぼれてしまうだけだ。頭の中をからっぽにして、素直な気持ちになって新しい積極的な考えを入れていくようにしなければだめだ、といっています。

もちろん、ただ単純に人のいうことを聞くという意味ではなく、人の意見を聞き、自分の心に聞き、もっと深い叡智(潜在意識、この宇宙を創造した偉大な力、サムシンググレートなど呼び方はいろいろあると思います)にも聞いて、自らの行動を反省し、正しい方向に向けていければよいのです。

出家をして戒律を守るような特別な修行をするのではなく、毎日毎日の暮らしの中で自らの心を磨き、自らの人格、魂を高め続けること。悟りの段階まで達することは難しいし、結果的に自分にはできないということがわかったとしても、それに向かって努力を続けていることそのものが尊い。人生の目的を、物質的な成功や地位や金銭におくのではなく、生まれたときよりも魂のレベルを少しでも上げることにおくべきだと著者はいっています。人生の成功者であり、地位も金も獲得した著者だけに説得力があると思います。

心に残った言葉

一生懸命働くこと、感謝の念を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素直な反省心でいつも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高めつづけること。すなわち、そのような当たり前のことを一生懸命行っていくことに、まさに生きる意義があるし、それ以外に、人間としての行き方はないように思います。

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2006/01/09

黒字亡国―対米黒字が日本経済を殺す―、三國陽夫著

三國陽夫氏は、日本で最も早く米国CFA協会の認定証券アナリストとなった一人であり、企業が発行する債券の元利金支払いが確実かどうかを調査して、格付けを発表している三國事務所の代表です。

三國事務所のホームページ
http://www.mikuni-rating.co.jp/

筆者は、格付け業務に携わる関係上、対象となる日本の大企業や大銀行、合計1500社近くの貸借対照表や損益計算書などを常にみてきました。このような分析のプロからみて今の日本はどのように見えているのでしょうか。

日本経済を苦しめたデフレの真犯人は、貿易黒字だ、と三國氏はいっています。輸出拡大を前提に生産拡大を追及する間接金融優位の経済政策を堅持しているかぎり、デフレはなくならない。輸出拡大を続けるためには、円安が望ましい。貿易黒字で獲得したドルを日本円に交換すると、円高になってしまう。それでは困るのでそのドルをそのまま米国の国債などに投資する。また、為替が円高に向かうと日銀は円売りドル買い介入を行い、ドルの持ち高が増えていく。

輸出で稼いだ黒字を日本がドルでアメリカに預け、日本の利益ではなく、アメリカの利益に貢献している限り、円高圧力もデフレ圧力も弱まることなく、政府・日銀がいくら財政出動や金融緩和というデフレ解消策を講じても一向に持続性ある効果は現れないのである。

初売りのバーゲンセールはどのデパートも活況で、この寒さのせいもあってコートなどは値下げしなくても売れているようです。

企業業績も全般的に好調です。日経平均株価は16000円強まで上がってきたとはいえ、1989年末の最高値38000円台と比べるとまだ半値以下ですが、東京証券取引所一部上場企業の株式時価総額でみると、1989年末と比べて約8割の水準まで戻してきました。

原油や商品価格が上昇してきており、10年以上日本を苦しめてきたデフレもうすぐ終わりそうな気配もあります。しかし、デフレの解消はそう簡単ではないというのが筆者の指摘です。

なぜなら、外需依存型の経済モデルはいまだ変わらず、デフレの原因である経常収支の黒字は高い水準を維持している。デフレを生む歪んだ構造は依然、温存されたままである。いずれアメリカの住宅バブルがピークアウトすれば、景気の後退は避けられず、対アメリカ輸出に依存する中国経済も大きな打撃を受ける。世界経済を牽引するアメリカと中国の景気が減速しはじめると、それに依存する日本経済はたちまち失速し、再びデフレが頭をもたげてくるだろう。

のほほんとこれからは景気はよくなると勝手に考えていたので、この本を読んではっとさせられました。

それではどうすればデフレは解消できるのか。筆者はこう考えています。

じゃぶじゃぶにお金を供給してもインフレにならない。金融政策が十分に機能しないのは、為替レートに介入しているからだ。これを解消するためには、為替レートを市場に委ねざるを得ない。イギリスのサッチャー首相が、長年苦しんでいたインフレと衰退から脱却し、成長軌道に乗せた例をあげて、政治の主導が必要であるとしています。

日本にそれができるかについて、昨年9月の郵政民営化を争点にした衆議院選挙結果が突破口になるかもしれないと指摘しています。選挙の集票が官僚や業界、圧力団体から政策へと切り替えられる動きが出てきた。そうすれば実質的に日本を動かしている官僚の視点ではなく、国民の視点から政策を形成する可能性がある。間接金融制度を支えてきた生産側の論理から消費者側の論理へ変わろうとしている。当然、軋轢がおきるだろうが、結果的に経済が成長することで両者の対立は解くことができる。

本格的な経済成長を求める政策を実行し、主権を行使する首相の登場が待たれる。

近づいてきた自由民主党の総裁選挙に注目が集まります。

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2005/12/19

爽やかなる熱情―電力王・松永安左エ門の生涯

松永安左エ門をご存知ない方も多いかもしれない。少し前に文庫版が出たので、5年前に読んだのを思い出した。

福沢諭吉から直接教えを受け、娘婿の福沢桃介と一緒に福松商会で商売を始める。石炭を取り扱い大もうけをして、株でも巨富を築く。しかし相場急落で一転借金を背負う身になってしまう。ここで松永は実業に取り組む。電力の将来性に着目した松永は、九州は福岡で電鉄会社を設立し電力会社と合併して中小の電灯会社を傘下におさめながら、九州・大阪・名古屋の電力をカバーする東邦電力の社長として東京に乗り込む。東京での電力供給について、小林一三率いる東京電灯と厳しい競争を展開し、結局合併に導いたのだ。

第2次世界大戦に入り、電力も全て日本発送電に一本化され、松永は全ての役職を辞して埼玉県の柳瀬に引っ込んでしまう。茶人「耳庵」としての活躍を開始するのはこの頃だ。日本は敗戦を迎え、GHQによる占領が始まった。

これからの日本を支える電力をどうしていくのか。電力の供給体制を決める「電気事業再編成審議会」の委員長に就任した松永は、国内の大半を反対に回しながら粘り強くGHQを説得して、現在の9電力体制を完成させた。その後、設備投資をまかなうために電力料金の大幅値上げを敢行し、世間からは「電力の鬼」と呼ばれる。しかし、世論とはうらはらにその後の日本の発展が、松永の先見性に助けられたことは万人が認めるところである。

明治、大正、昭和を駆け抜けたこのような人、松永安左エ門のようになれたらといつも思っている。

心に残った言葉

けしからん、限界なんかない。そんな考えを持っているから何もなさずに死んでしまう。完全ということはないかもしれんが、完全になろうと努力することが尊いのだ。

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2005/12/12

五木寛之、稲盛和夫「何のために生きるのか」

五木寛之と稲盛和夫という私の好きな2人の対談が本になった。

二人とも昭和七年生まれで第2次世界大戦を潜り抜けてきた。敗戦のときは13歳だった。

五木寛之が全体をリードしている印象が強い。

経済界と文壇という全く違った分野でそれぞれ成功した二人に共通するものがあった。

稲盛はポジティブ派。年を重ねるごとに明るく感謝して一切ネガティブなことは考えない。ネガティブなこころはネガティブなものを呼び寄せてしまうから。私は稲盛の考えに強く共感する。中村天風のポジティブな教えを受けたことも大きく影響しているに違いない。

対して五木寛之はネガティブ派。中村天風ファンとしてはいまひとつなじめないものがあった。しかし五木の原点に植民地からの壮絶な脱出、人にいえないような苦労があった。ネガティブな考えとポジティブな考えはどこかで一回りまわってつながっているという。

温室栽培の、二十四時間人工の光線に照らされているところにいて、そこに一条の光が雲間から射してきたとしても、それを光明と感じて感激することはありません。真っ暗闇のなかで、爪から血が滲むようにして希望を探している。そこへ窓から一筋の光が射してくるから、それを光明と感じて、人は感動するのです。
このことを考えると、暗闇のなかで光に合うということが大事なんだと思います。ですから、僕の言うネガティブというのは、大いなる希望への出発点なんです。

五木寛之のネガティブはただの悲観ではなかった。希望への大きな一歩だった。たましいで結ばれた二人の対談はすばらしい。

(注)敬称を省略させていただきました。ご了承ください。

こころに残った言葉

そのとき私は、言いしれぬ感動を覚えました。布施を施す側に、何の驕りも気負いもありません。もちろん返礼など期待されていません。美しい心根のままに、ただ五百円を差し出されたんです。お布施を受ける私も、その美しい心根に感謝して自然に合掌していました。
あたかも他に善かれかしと願う、美しい「利他」の心が私を包み込み、至福で全身が震え上がるぐらいでした。もうあのくらい幸せなことはないと思いました。あのときの感激は忘れません。座禅をしているときの至福と同じですね。

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2005/12/06

中村天風 心を鍛える言葉 PHP文庫

久々に中村天風の新刊がPHP文庫からでました。

2005年7月3日にこのブログで紹介した「中村天風 銀の言葉 岬龍一郎著(KKベストセラーズ)」がタイトルを改題してPHP文庫からでたのです。

http://takkun555.cocolog-nifty.com/sunaoweblog/2005/07/post_d40d.html

電車の中でも手軽に読める文庫はありがたい。早速買って読み直したいと思います。

今後、どんどん中村天風の本が文庫化されることを期待しています。

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2005/12/05

司馬遼太郎「坂の上の雲」

司馬遼太郎の坂の上の雲は、日露戦争で日本を勝利に導く重大な役割を果たした、秋山兄弟の2人の栄達を描いた物語です。同郷の正岡子規や夏目漱石も登場します。

このブログの2005年11月4日「胡蝶の夢 司馬遼太郎」でも書いたのですが、(http://takkun555.cocolog-nifty.com/sunaoweblog/2005/11/post_e02c.html

坂の上の雲」を読んだときも同じような感想をもったのだが、いったい司馬遼太郎は何をいいたかったのだろうか。あらゆるものの価値が大きく変わった明治維新を生き抜いた2人の若者の物語りは、なぜか無常観を与えるだけだったような気がする。時代の荒波にもまれながら人間は何をなしえたのだろうか。一方で栄達した勝海舟のような人もあれば、伊之助のようにさびしく世を去った者もいる。
たっくんのすなお日記「胡蝶の夢、司馬遼太郎(05年11月4日)」より

栄達物語といいながら、一生懸命に努力しながら報われたかどうかわからないような二人の晩年をみて、割り切れなさと物悲しさを感じたのです。

稲盛和夫、五木寛之著「何のために生きるのか」を読んでようやくわかりました。五木寛之と司馬遼太郎が「坂の上の雲」について話した時のことが書いてあります。司馬遼太郎は、「坂の上の雲」が高度成長期の応援歌のように取り上げられることに違和感をもっていたというのです。

「坂の上の雲」というのは、希望の象徴のように言われているけれども、そうではない。脱亜入欧のなかで、ヨーロッパに学んでアジア諸国をゴボウ抜きにして坂を駆けのぼっていく。峠のてっぺんに立って雲はつかめるか。坂の上の花とか果実だったらつかめるけれども、峠のてっぺんに立ったとき、雲は山のかなたの空遠く、向こうを流れているだけです。

つまり”坂の上の雲”は、永遠に到達することのできない目標という意味なんですね。永遠につかむことのできない夢、ということなのです。ある意味ではニヒルな、クールな視点です。明治の人たちの努力は猿真似であるかもしれない、でもやらなきゃいけないからやっていく。だけど、峠のてっぺんに立ったとき、われわれ日本人は雲をつかめるか。雲は永遠につかめないだろうという、深いアイロニーがあるすばらしい題名ですよね。

五木寛之の説明に、私だけが違和感をいだいたのではない、最初から筆者の意図がそこにあったのだと知って、ほっとしたのでした。

何を成し遂げたかということよりも、自分が人間的にいかに成長したかを人生の目的として生きていけばいいんです。

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2005/11/20

元気 五木寛之著

つい買ってしまいました。

五木寛之のこころと体のシリーズが初文庫化で平積されています。「大河の一滴」が「元気」の海に流れ込むという一連の流れになっています。「元気」は宇宙を創りあげた根源のエネルギーの大元の海だと考えています。死ぬということは、無くなるのではなく、元気の海に帰ることだと。

この本の中で一番共鳴したのは、

人間とは、
「からだ」
と、
「こころ」
と、
「たましい」
の三つからなる自然の一部である、と。

「からだ」と「こころ」があることに疑問を感じる人はいないでしょうが、「たましい」と聞いた瞬間になにかあやしげな新興宗教かなにかを想像する人が多いのではないでしょうか。これについて著者は、

しかし、私の確信するところだが、本当のことや、真実は、つねにどこかにいかがわしい感じをただよわせているものなのだ。一見、まともに感じられる話にこそ、じつは怪しいのである。

モノである「からだ」と「こころ」があって、モノではない「いのち」、言い換えると「たましい」、「潜在意識」や「根元」と呼ばれるものがそれらを支配している。自分とは「からだ」と「こころ」だけでできているのではなく、この二つのものを統合する自分があって初めて生きていると指摘しています。

中村天風の「成功の実現」にも同じことが書いてあります。病の身を引きずりながら、カリアッパ師と自分とは何かという問答をする中村天風も最初は体が自分と思っていました。そうではないと師からいわれた天風は心と答えますが、やはりそうではない。

「お前ねえ、もう少し頭がいいと思ったら、案外よくないな。心や体はね、お前でないってことはひと目で自分自身わかるはずだ」

考えたあげく天風は体も心も生きるための道具であることに気づきます。宇宙のなかに存在する生々化育のエネルギーである「気」が、現実の世界にその生命を表現しようとする場合に必要な道具として与えられたのが肉体と心なのです。

「病は気から」といいますが、忘れていれば治るのが病気。

「たましい」という言葉でなくても、宇宙を創りあげたスーパーパワーが自分を作っている、たとえ信じられなくても、そう考えた方が気が楽になることが多いのではないでしょうか。

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2005/11/14

蓮如 ―われ深き淵より― 五木寛之著

小説よりも戯曲の方がおもしろい。

戯曲は、舞台の台本なので背景の描写から始まって登場人物の話し言葉で物語が進行する。テンポのよい言葉の応酬が引き込むのだろうか。ほかの蓮如関係の本とくらべるとおもしろさが際立っている。

本願寺第7代法主存如の庶子である蓮如は、応仁の乱から続く戦乱・末法の世の中に絶望する庶民を阿弥陀如来の力で救おうとする。親鸞の教えを広めることを自らの使命として魂の教えが続けられる。

部屋住み時代に人々にわかりやすく親鸞の言葉を伝えていく蓮如。第8代法主となった後、様々な親鸞の亜流の教えが広がる中で、苦労して「ふみ」を書くことで本当の教えを伝えることに成功していく。比叡山延暦寺の衆徒に本願寺をこわされ、命からがら京都を逃げ出すまでの半生を描いている。

心に残った言葉

本当に深く悩むためには、つよい力がいるのだ。

すなわち阿弥陀如来とは「限りなき真実の光」のこと。

わしらはあんたを頼んだのですぞ。この腕につかまれ! と叫んでくだされ。われら命がけで、おたのみもうす! と誓いましょう。これがわれらの本心じゃ。わかってくだされたか、蓮如どの。

よし、自力のはからいを捨て、他力の大きな御手(みて)にこの身をまかせよう。

そうか。そうだったのか! 自分で親鸞聖人に負けない文章を書こうと、今の今まで自力の底をどうどうめぐりをしていたのか。このわしは、ただの一本の筆の穂先。そう思えばよかったのだ。この蓮如というつたない筆をとおして親鸞さまが語られておるのか。

知ったふりではなく、心にかかることを口に出して素直に聞くことこそ信心の第一歩じゃ。念ずるのはやさしいが、信ずるのは難しい。一歩一歩ゆくのじゃ。

他力の信心はのう、人の煩悩を断てとは言わぬ。煩悩あればこそ信ずれば救いあり、と教える。泥中にあれば花咲く蓮華かな。

されば朝(あした)には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり。

「信」だ。「信」の一字を心に秘めて生きておればこそ、堅田衆はつよいのじゃ。

かつて「笑い」というのは知的で高級で批判的なものとして扱われてきました。それに比べて涙とか、感動とか、感激とかは、非常に情緒的で低い人間の心身状態だという概念がある。それは違うんじゃないか。涙を流している人間は、涙が生物学的にでてくるわけだから、肉体的反応がそれだけ強いんです。

仏教の本質というのは、母性的なもので、そしてそれは生命を産んでいく。そう考えてみると、母というのは阿弥陀仏なんです。阿弥陀の光に照らされて、その光に抱かれて浄土に往生する。

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2005/11/04

胡蝶の夢 司馬遼太郎

泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船) たった四杯で夜も眠れず

ペリーの来航で騒然とする幕末。勝海舟が長崎でオランダから海軍の教えを受けているそのとき、同じ長崎で奥御医師(将軍専属の医師)である蘭学者、松本良順もオランダの医師から体系的な医学を学んだ。佐渡出身で良順の弟子、島倉伊之助は、恐ろしいまでの記憶力でオランダ語、英語、ドイツ語、ロシア語などの多国籍の言葉を理解する一方で、一般的な常識を欠くために世の中からはみ出してしまう。漢方医学一辺倒の時代に、蘭学をテコに幕府組織の崩壊の中を生きる二人を中心に物語は進行する。

戊辰戦争で良順は、従軍医師として幕府軍とともに会津へ転戦する。横浜に逃れた後に新政府から許される。伊之助は東京大学の前身で外国人医師の通訳を勤めるものの彼らが帰国するとともに免職。その才能を十分に生かすことなく、若くして肺結核で死去した。

坂の上の雲」を読んだときも同じような感想をもったのだが、いったい司馬遼太郎は何をいいたかったのだろうか。あらゆるものの価値が大きく変わった明治維新を生き抜いた2人の若者の物語りは、なぜか無常観を与えるだけだったような気がする。時代の荒波にもまれながら人間は何をなしえたのだろうか。一方で栄達した勝海舟のような人もあれば、伊之助のようにさびしく世を去った者もいる。

どんな人生であれ最後は死んでしまう。なにをどうしても結局いっしょじゃないか、というような投げやりな無常観に打ちのめされそうになる。「無常」という言葉には悲観的なニュアンスがある。平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」のように。

しかし仏陀はそのような意味でいったのではないと思う。無常とはただ単に常ならず、万物は変化するという、乾いた意味でいったに違いないと松下幸之助もいっている。

湯王より時代はさがるが、いまから二千五百年前に、お釈迦さまは、諸行無常ということを説いておられる。また、時を同じくしてギリシャのヘラクレイトスという哲学者は、「万物はすべて流転している。太陽ですらも日に新たで今日の太陽はもはやきのうの太陽ではない」と喝破しているということである。そのように洋の東西を問わず、いにしえの聖人、賢人がひとしく日に新たということの大切さをといてるのである。
「指導者の条件 人心の妙味に思う(PHP文庫、松下幸之助著)」より

無常観にとらわれることなく、日にあらたに生きていきたい。

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2005/10/30

氷川清話 勝海舟語録

久しぶりに勝海舟の「氷川清話」を読み直しました。

勝海舟といえば、幕末に鳥羽伏見の戦いで勝利して波にのった官軍が江戸に総攻撃をかける寸前、官軍の西郷隆盛と会談して江戸城を無血で受け渡し、多くの江戸の市民を流血から救ったことで有名です。

氷川清話は、勝海舟晩年の語録です。その中で人間の相場の上がり下がりについて面白いことを言っています。

上がった相場も、いつか下がるときがあるし、下がった相場も、いつかは上がることがあるものさ。その上がり下がりの時間も、長くて十年はかからないよ。それだから、自分の相場が下落したとみたら、じっとかがんでおれば、しばらくすると、また上がってくるものだ。大奸物・大逆人の勝麟太郎も、今では伯爵勝安芳様だからのう。
しかし、今はこのとおりいばっていても、また、すばらくすると老いぼれてしまって、つばの一つもはきかけてくれる人もないようになるだろうよ。世間の相場は、まあこんなものさ。その上がり下がり十年間の辛抱ができる人は、すなわち大豪傑だ。俺なども現にその一人だよ。

勝海舟はアップダウンの激しい人生を送っていますから、これは実感だと思います。自分に風が吹いていないと思ったら、風が吹いてくるまで我慢する。これを十年間我慢できる人は大豪傑だといっています。

また歴史に名を残すような大人物は二百年か三百年に一人しか出てこない、ともいっています。その大人物がいろいろ考えている時に、二、三百年も前に自分と同じことを考えた人がいたといって騒ぎだすようになって、それで世の中に知られてくる。

今の人間はどうだ。そんなやつは、一人もおるまいがのう。今のことは今知れて、今の人にほめられなくては、承知しないという”しり”の穴の小さいやつばかりだろう。

これを語っているのは、明治維新後三十年たったころですが、その当時幾分か世間に知られている人間は、三十年しないうちに忘れ去られてしまうだろうといっています。「天下の安危に関する仕事をやった人でなくては、そんなに後世に知られるものではない」。勝海舟は、自分がいってることが本当かどうかはいずれ分かるといっています。実際このことは勝海舟がいったとおりだったと思います。

ある意味で短期的な他人の評価など気にせずに、自分の信じた道を、すなおに、ひたすらに、ひたむきに進んでいくことが大事なのではないでしょうか。

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2005/10/23

マーフィーの易占い J.マーフィー

10年以上前に読んだ本です。

マーフィーは潜在意識の重要性を多くの人にしらせたという点で偉大だと思います。しかし「眠りながら成功する」ことは私には簡単ではありませんでした。潜在意識、これを神という人もあれば天や仏という人もいます。ようするにこの宇宙を創りあげた偉大なパワーがある、これは間違いないと思います。

東洋哲学の真髄である「易経」がこれからの未来を占ってくれる。「未来がわかれば世話はないよ」と思われる方が多いのではないでしょうか。わたしも最初に読んだときは、これは眉つばものだと思いました。

街の占い師は、細長い串のような、ぜいちくを使って占うことが多いと思いますが、この本ではコイン3枚を用意すれば足ります。この3枚のコインを6回ふって占うのです。模様のついた表がでれば2点、数字のついた裏がでれば3点とします。1回ごとに3枚の合計が奇数であれば、一ににた長い線を横に書き、奇数であれば二つに切れた横線を描きます。一回目を一番下に書き、次々とその上に線を描いていきます。

ちなみに1回目の合計が偶数、2回目が奇数、3回目が偶数、4回目が奇数、5回目が偶数、6回目が奇数であれば次のような形になります。

6 ―――
5 ― ―
4 ―――
3 ― ―
2 ―――
1 ― ―

これは火水未済(かすいびせい)という64番目の卦で、キーワードは「いまだならず」です。

易の言葉は抽象的です。書いてあることも取りようによってはどちらにも取れる内容です。右へいくべきか、左へいくべきか、人生の大きな分かれ道にきて迷うことがありますが、こんな時に易で占うのです。人生は、大きいか小さいかの差はありますが、常に決断の連続です。迷ってどちらにも決められないという時もあるでしょうが、それはどちらも選ばないという決断をしたことになります。

右を選んだ後で左に行けばよかったと思っても、手遅れです。常に自分の選んだ道が正しいのです。それを自分が納得できるかどうかが重要だと思います。納得するためには、自分が自からの意志で選ぶことです。たとえその結果がよくないと思われるようなときでも、自分の選んだ道であれば前向きに考えることができます。

決断した結果がどうであれ、それがその人にとっては一番いいことなのです。自分がおかれた状況をすなおに受け入れて現状を認めなければ前に進めません。あの時ああすればよかった、どうしてあそこであんなことをしてしまったのだろうと、後ろを振り返ってみても何も得るものはありません。もちろん、ぶざまな失敗を繰り返さないように自分を戒めるというイミでは役にたつかも知れません。では易はイミがあるのでしょうか。占いで自分の未来をきめていいものでしょうか。

私にも経験があります。大学受験で幸いにも地方の国立大学と首都圏の私立大学の2つともに合格しました。しかし、どちらに行ったらよいかなかなかきめられません。経済的なことを考えれば国立大学に進学すべきなのでしょうが、首都圏に行きたいという気持ちもありました。それで親といっしょにある占い師のところにいって、どちらに進むべきなのかを占ってもらいました。占い師の答えは首都圏の私立大学に行くべきだというものでした。私の希望通りのご宣託がでて、うれしかったのを覚えています。

その私立大学をでて今があるわけですが、もし地方の国立大学にいっていたらどうなっていただろうな、と考えることもたまにあります。最近ようやくわかってきたのですが、易占いというのは、実は自分の望んでいることを見つける手伝いをしてくれるものだったのです。易占いの結果は、抽象的な文章であり読む人によってどちらにもとれるものです。その文章を読むことで、本当に自分が何をやりたいのか、どうしたいと考えていたのかに気づくのです。

潜在意識の奥底に沈んでいた自分の思いが、易占いによって浮かび上がってくるのです。その意味で易占いは大切なのです。

この本は悩んだときに読んでみてください。実は自分が本当はどうしたいと思っているのかを気づかせてくれるかもしれません。

心に残った言葉

「良いことを思えば良いことがおきる。悪いことを思えば悪いことがおきる」という潜在意識の原則を忘れないかぎり、易によって得られた回答は、あなたにとって悪い影響を与えることは絶対にないといっていいでしょう。

なんでもいいのです、何か一つ、人よりもすぐれたことができる自分、人から好かれる自分、健康な自分、積極的な自分、なにごとにもあきらめない忍耐強い自分・・・どんな自分でもいいですから、自分で誇れることを見つけ、つねにそれを意識すること、これが自信をつける第一歩なのです。

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2005/10/10

生きがいについて 神谷美恵子著

数年前、彼女が翻訳したローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスの自伝「自省録」を読んだのが神谷美恵子との出会いでした。今回、「生きがいについて」という題名に釣られて買ってみました。

この本を買ったのは、何か自分探しの手助けになるのではないか、という安易な考えからでした。巻末に坪内祐三が「『生きがいについて』を読む前に」という文章を寄せています。彼は「生きがいについて」というタイトルの本に安易に手を出してしまいがちな、私のようなヤワな読者が嫌いです。みすず書房のこの本には「生きがいについて」を書いた時期の日記が収録してあるのですが、彼は「神谷美恵子日記」に目を通して、はじめて「生きがいについて」を読む資格を持つことができるといっています。

坪内祐三があげた二つの引用文を読んでみると

「漸く落ち着いて勉強が出来るようになった。同時に自分の中に、自分のものを生み出したい衝動がうちにみなぎる。今まで勉強したこと、これから勉強すること、それらすべてを、自己の生命に依て燃焼せしめよう。女であって同時に「怪物」に生まれついた以上、その特殊性をせい一杯発揮するのが本当だった。男の人の真似をする必要もなければ女の人の真似をする必要もない。かといって中性で満足しようとする必要もない。傍若無人に自分であろう。女性的な心情も、男性的な知性も、臆病な私も、がむしゃらな野心家の私も、何もかも私の生命に依て燃やしつくそう。誰に遠慮する必要があろう」。 三十歳(1944年)の日記より

「私がもし何か研究したり、創作したりしたとしても、それは決して『人類のために』などではない。そうであって欲しくない。学問や芸術の世界に於ける活動は、極端に言えば、人生に及ぼす影響など考慮していないでいいのだ。少なくとも私は自分が書くものが人にどんな力をおよぼすか知らないし考えたくない」 同年6月5日の日記より

また、1959年12月2日の日記には、「生きているイミというのは要するに一人の人間の精神が感じとるものの中にのみあるのではないか。ああ、私の心はこの長い年月に感じとったもので一杯で苦しいばかりだ。それを学問と芸術の形ですっかり注ぎ出してしまうまでは死ぬわけにも行かない。ほんとの仕事はすべてこれからだというふるい立つ気持ちでじっとしていられない様だ。」

この気持ちはよくわかるような気がします。インプットばかりで自分の中が一杯になってしまって、なんらかの形でこれを出してしまいたい。私は、できればそれが少しでも誰かの役に立つ形になればいいと思うのですが、彼女は違います。自分が研究していることは決して人類のためなどではなく、自分のため、自分がやりたいからやっているだけなのです。それを他人がどう評価しようが、それは問題ではないのです。他者の目を気にしない純粋な自分を探しているのです。

生きがいとは何か。人生に絶望する、そんな気持ちになることもある。らい(ハンセン病)患者との対話の中で、同じ病気にかかっていながら全く違ったこころがまえをもって暮らす人がいる。結局その人がおかれた状況ではなく、その状況をその人がどのように捉えているかで全く違ってしまう。絶望的な状況でさえ、幸福に生きている人がいるのです。

健康な自分がいかに幸せかが痛いほどわかります。自分が気づかないけれどすでに持っているもの、それは健康、職場、家族、そしてまさに今生きていることに気づかせてくれるのです。他人からみると存在している理由がわからないような状態の人でも、やはり存在理由があるのです。

京セラ創業者の稲盛和夫氏は、「地球上・・・いや全宇宙に存在するものすべてが、存在する必要性があって存在している。どんな微小なものであっても、不必要なものはない。人間はもちろんのこと、森羅万象、あらゆるものに存在する理由がある。たとえ道端に生えている雑草一本にしても、あるいは転がっている石ころ一つにしても、そこに存在する必然性があったから存在している。どんなに小さな存在であっても、その存在がなかりせば、この地球や宇宙も成り立たない。存在ということ自体に、そのくらい大きな意味がある」(稲盛和夫の哲学より)といっています。

生きがいとは何なのか、それを失ってしまったらどうしてまた見つけたらよいのか。神谷美恵子のこの本は1966年の出版以来、多くの人を慰めているのかもしれません。

心に残った言葉

人間の最も普遍的で本質的な欲求は「経験の価値属性の増大」を求める傾向である

ほんとうは、おどろきの材料は私たちの身近にみちみちている。少し心をしずめ、心の眼をくもらせている習俗や実利的配慮のちりを払いさえすれば、私たちをとりまく自然界も人間界も、たちまちその相貌を変え、めずらしいものをたくさんみせてくれる。自分や他人の心のなかにあるものもつきぬおもしろさのある風景を示してくれる。

人間の心のなかにある執着、衝動、感情などが、外側のものよりも、なお一層つよく深刻にひとをしばりつける。

ぐちこそいきがい感の最大の敵である。

自尊心と生への責任感が自殺をふみとどまらせるのに役立っている

許されたわずかな時間を最大限に生かし、そこに質的な永遠を打ちたてようとする烈しい意欲である。

自分のかなしみ、またはかなしむ自分に注意を集中している間は、かなしみからぬけ出られない

彼女が彼女なりに過去において生存し、そして現在もまた生存しているというこの事実は、人類にとってなんらかのお役に立つものでなくてはならないと私は思ったのでした。

人間の存在の価値というものは、人格にあり、精神にある

君は決して無用者ではないのだ。君にはどうしても生きていてもらわなければ困る。君でなくてはできないことがあるのだ。ほら、ここに君の手を、君の存在を、待っているものがある。(中略)「自分にもまだ生きている意味があったのだ! 責任と使命とがあったのだ!」

精神の力によって人間は時空を超え、あらゆるところと時代のひとびとと手をつなぐことができる。

ひとが自己を深く掘りさげれば、そこに結局みいだされるものは大いなる他者とでも表現するほかないものであるところからくるかも知れない。

人間の心の奥底には自分すら気づかぬ多くの感情や欲求や観念が沈殿している。それが急に烈しい感情につきあげられ、凝結し、一つのものとして表出されるのであると考えられる。(中略)あるひとはそれを神と表現し、あるひとは自我の奥底に小さな自己を絶する真の自己、「絶対我」をみいだしたといい、あるひとはもっと抽象的に天とか大自然とか宇宙的真理などとよぶ。いずれにしても共通なのは、小さな自己を超えたべつの大きな力との出会いである。

小さな自我に固執していては精神的エネルギーを分散し、消耗するほかなかったものが、自己を超えるものに身を投げ出すことによって初めて建設的に力を使うことができるようになる。これはより高い次元での自力と他力の統合であるといえる。

重要なのは、今自分のうちにあり、自分をとりまくこの大きな力のなかで生きていることなのだ、その力が宇宙万物を支えているのだーー。このような肯定的意識が、単純な楽観主義とちがうところは、深刻な自己否定、現世否定を経、またそれにうらづけられているところにある。

愛の対象にせよ、物質にせよ、地位や名誉にせよ、すべて所有というもののなんとはかなく、もろく、むなしいものであるかを彼は身にしみて知った。

それは人間の生命そのもの、人格そのものから涌きでるものではなかったか。一個の人間として生きとし生けるものと心をかよわせるよろこび。ものの本質をさぐり、考え、学び、理解するよろこび。自然界の、かぎりなくゆたかな形や色や音をこまかく味わいとるよろこび。みずからの生命をそそぎ出して新しい形やイメージをつくり出すよろこび。

生きがいを求める心に、自己の内部にひそんでいる可能性を発揮して自己というものを伸ばしたいという欲求が大きな部分を占めている

(人間の基本的欲求とは)他人の眼に対して業績をあげることや自尊心を保つことが第一の問題ではなく、何よりも自己に対して、自己を正しく実現しているかどうか、に関係した欲求である。

人間はみな自分のいきていることに意味や価値を感じたい欲求があるのだ。

キュルケゴールは日記のなかで「女とは生きるよろこびjoie de vivreなのだ」といっているが、どちらかというと女性のほうが、平凡な生活のなかにささやかないきがい感をみいだすのが得てのようである。

自己に与えられた生命をどのように用いて生きて行くかというその生きかたそのものが、何よりも独自な創造でありうる。

生、病、老、死。仏陀太子を求道へと追いやった人生の四苦は、現代もなお人間生存の厳然たる事実である。

(限界状況下にある人間は)何もかももぎとられた素裸の「ひと」にすぎない。

私たちが悪い病気にもならず、毎日を親しい者のなかで平和に暮らせるということ、それひとつをとってみてもまったくふしぎな「まわりあわせ」で、ただ好運というよりほかはない。

考えるより行動することだ

「一粒の砂のうちにも一つの世界を見、一輪の野草のうちにも一つの天国を見、てのひらに無限をつかみ一時間のなかに永遠を持つ」(ブレイク)

人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。野に咲く花のように、ただ「無償に」存在しているひとも、大きな立場からみたら存在理由があるにちがいない。自分の眼に自分の存在の意味が感じられないひと、他人の眼にもみとめられないようなひとでも。私たちと同じ生をうけた同胞なのである。もし彼らの存在意義が問題になるなら、まず自分の、そして人類全体の存在意義が問われなくてはならない。そもそも宇宙のなかで、人類の生存とはそれほど重要なものであろうか。人類を万物の中心と考え、生物のなかでの「霊長」と考えることからしてすでにこっけいな思いあがりではなかろうか。

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2005/09/30

出家とその弟子 倉田百三著

浄土真宗の基礎を作った親鸞とその子善鸞、日本最高の宗教書といわれる「歎異抄」を書いた親鸞の愛弟子の唯円、この3人の登場人物がおりなす人生の矛盾、信心、愛、苦悩を戯曲化した宗教文学の傑作です。

この本を通じて感じるのは登場する3人とも純粋なことです。親鸞はその師である法然を、弟子である唯円は親鸞を慕い、勘当された親鸞の子善鸞もまた最後まで父への思いを持ち続けます。源平の動乱から鎌倉時代にむかう戦乱の世のなかで、南無阿弥陀仏と念仏を唱えるだけで阿弥陀如来が作った浄土にいくことができる、すくわれることができるとの教えをひろめ、絶望的な状況にある民衆にわずかな光を与えた親鸞の尊いこころが描かれています。

第一幕、雪の夜に一夜の宿を求めた親鸞と良寛と慈円。訪ねたのは、くしくも将来の愛弟子となる唯円の家。その父左衛門は、悪人にならなければ親子3人生活していけないというジレンマの中で、自らを酒で紛らわす毎日でした。雪の中一夜の宿を求めた親鸞ら3人を杖で打ち、冷たく追い出してしまいます。その夜、過ちを悔いた左衛門は3人を招きいれ心からわびます。

自らの弱さをわびる左衛門に、親鸞は自らも泊めることを断わられたことを恨む気持ちがおこったこと、全ての人間が他人をだまさずにはいられない、他の生き物の命を奪わずには生きられない、悪人であること、阿弥陀如来は悪人をこそ許し、救われることを諭します。左衛門を許す親鸞の言葉は静かなのですが、圧倒的な迫力で読むもののこころを熱くしてくれます。

唯円と遊女であるかえでの恋は、周囲を、そして二人自身を傷つけます。しかし親鸞は唯円を責めはしません。全ては自分の責任であり、最後は仏がきめられるのだと答えます。

従兄弟の妻に恋をしてその女を死にいたらしめ、家庭を壊して勘当された親鸞の子善鸞は、親鸞臨終のそのときまであうことができませんでした。こころでは子どもを許している親鸞も周囲を慮り逢わなかったのです。

臨終のその時にであった親と子、親鸞は善鸞に仏を信じるかと問います。絶句した善鸞は最後まで「わかりません」と突っ伏したのでした。

久しぶりに青春時代に戻った気がしました。新潮文庫の奥付には、
昭和二十四年十一月十日 発      行
平成十五年六月五日    八十四刷改版
平成十七年六月三十日   八十六刷          とあります。

この「出家とその弟子」は倉田百三が26歳の大正5年(1916年)に出版されています。もうすぐ100年がたとうとしているわけです。八十六刷という数字が、たくさんの人に読み継がれている名著あることを証明しています。

一度よんだだけですが、この重厚な物語が若干26歳の青年によって書かれているとは思えませんでした。

心に残った言葉

幾千代かけてかわるまいとな。明日をも知らぬ身をもって!(熱誠をこめて)人間は誓うことはできないのだよ。(庭をさして)この満開の桜が、夜わの嵐に散らないことを誰が保証することができよう? また仏さまのみゆるしなくば、一ひらの花びらも地に落ちることはないのだ。三界の中に、かつ起り、かつ亡びる一切の出来事はみな仏様の知ろしめし給うのだ。

祈りはここに生の勇気となる。運命に対する忍従ではない。諦念ではない。祈りは一つの創造的行為であり、転身なのだ。

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2005/09/23

長生きなのはお坊さん?

「生きるヒント4-本当の自分を探すための12章(五木寛之著)」の第2章「選ぶ」に心拍数一定の法則のことが書いてありました。1992年に出版され、当時ベストセラーになった「ゾウの時間ネズミの時間(本川達雄著)」のコラムに書いてあるというので、久しぶりに読み返しました。よくよく読んでみるとすごいことが書いてあったのですね。

ゾウであれネズミであれ人間であれ、哺乳類であれば体重に関係なく、一生の間に5億回の呼吸をして死んでいくのだそうです。それならば呼吸が短いと早く死ぬのかというとその通りです。ゾウが約百年生きるのに比べて、ネズミは数年しか生きられません。人間は平均寿命80歳ぐらいです。個人差はあるでしょうが、一生に呼吸する数がきまっているとすれば、激しい運動をするスポーツマンは寿命が短くなるはずです。そういえばスポーツマンで長寿の人をあまり知りません。

どのような職業が長生きなのでしょうか。職業別の平均寿命について、Quasimotoさんの「アット・ホーム・ダッドは一番短命なの?」から引用させてもらいました。

郡山女子大学の森一教授の調査によると、男性の職業別寿命の長いトップは宗教家、2位は実業家、3位は政治家、4位が医者だそうです。そして僧侶が長寿である理由として
(1)過食を避け、心身の修行に励んだこと。
(2)森林浴効果や読経、説教による精神の安定。をあげています。
これはなんとなくうなずけます。親鸞が90歳、蓮如が85歳まで生きています。当時寿命50年といわれていましたから、とんでもない長生きだったことになります。

寿命の上位は社会的地位の高い人たちです。お坊さんや会社の社長、政治家やお医者さんは、社会的地位の低い人に比べてストレスが少ないか、またはストレスがあっても精神力で乗り越えてきたため、結果的に長生きしているのでしょう。社会的地位が高ければそれなりの苦労もストレスもありそうですが・・・

一生の間に5億回と決まっている呼吸をしながら、死にむかっているのが人間です。中村天風も90歳を超える長命でした。中村天風が体操のなかに呼吸操練を取り入れたのも深呼吸の重要性をわかっていたからなのでしょう。

ストレスをためないように、なるべく長く呼吸をして、たのしんで生きたいものです。

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2005/09/11

蓮如物語 五木寛之著

蓮如、どこかで聞いたことがあったなあ〜というのが正直な感想でした。

「梅原猛の授業 仏教」でも、鎌倉時代に興った浄土教について、浄土教の祖師が法然で、浄土真宗の祖師が親鸞であるとしか書いてありません。法然は、極楽浄土や阿弥陀仏をイメージできるような賢い人か、お寺に寄進できるようなお金持ちなど限られた人しか救われないというという教えを「南無阿弥陀仏」とさえいえばよいというように大きく変えた人です。これによって悪人であっても、罪深き女人であっても救われるということになって信者を大きく増やしたのでした。

しかし、今までの真言宗や天台宗などからみれば、この教えは危険でした。法然は75歳で四国に流されてしまいます。当時の戒律ではお坊さんは妻を娶ってもいけませんし、肉食やお酒を飲むことも禁じられていました。隠れて妻を囲っていたり、般若湯といってお酒を飲んだりしていたお坊さんは多かったのですが、あくまで表面上は取りつくろっていたのです。しかし弟子の親鸞は過激にも戒律は必要ないといって肉食妻帯に踏みきりました。過激さのゆえか、親鸞も越後(いまの新潟)に流されます。

親鸞は念仏の考え方をより深めて「教行信証」という有名な本を書きました。いまでこそ親鸞を知らない人はいないと思いますが、実は一生をほとんど無名で過ごした人でした。

親鸞の子孫である蓮如によって本願寺教団は飛躍的に拡大したのです。「梅原猛の授業 仏教」196ページの注によると

蓮如1415〜99。室町中期、浄土真宗中興の祖。本願寺第八世。北陸・近畿・東国に布教活動を行い、平易な文章と同朋意識の強調により庶民層、とくに農民の間に多くの信者をえて、浄土真宗を一大教団に発展させた。

これだけの貢献者であるにもかかわらず取り上げられているのは少しだけです。

この蓮如について、子どもでも読めるように五木寛之氏が書いたのがこの本です。6歳で生母と生き別れるさびしい体験をした蓮如は、一生を通じて母の言葉である「いいわね。親鸞さまについておゆき。そして、一生かけてお念仏を世間に広めるのですよ」を忘れずに精力的に布教活動を続けます。いやしい身分の母から生まれた蓮如は、40歳を超えるまで部屋住みの身分で待望生活を続けます。第8世本願寺をついでからの活躍は目をみはるばかりです。

子ども向けに書いてあるやさしい本なのですが、大人が読んでもそのすばらしい内容には驚かされます。不覚にも涙があふれてとまらなくなってしまいました。今の時代に忘れられている何かがこの物語の中にある、そんな気持ちになる本でした。

まだ読まれていないみなさん。是非ご一読をおすすめします。

心に残った言葉

一部をとりあげることはできません。この本すべてがすばらしいの一言です

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2005/09/10

私たち塾生に語った熱き想い 松下幸之助翁82の教え

松下幸之助翁の本はだいたい知っていたのですが、この本は知りませんでした。松下幸之助翁は1979年、日本の政治の未来のために私費で松下政経塾を設立しました。1986年の衆議院議員選挙で、1期生の逢沢一郎氏(岡山1区)が初当選。塾設立7年余りで初めての国会議員が誕生しました。1993年には新党ブームに乗って、当時の日本新党から立候補した前原氏をはじめ卒塾生15人が当選したのは記憶に残っています。

その後も「かばん」、「地盤」を持たない卒塾生らが次々と政界に進出、今日現在、衆議院議員28名、参議院議員2名、都県議会議員17名、市町村議会議員14名、知事1名、市・区長5名を輩出しています。松下政経塾出身のブランドは立派なカンバンになったわけです。

今回の衆議院議員選挙でも民主・自民中心に45名の候補者が立候補しています。京都2区のように卒塾生同志が戦うという選挙区もでています。明日の選挙の結果が楽しみです。

著者の小田全宏氏は1983年松下政経塾の第四期生として入塾。直接松下翁から教えを受けた一人で現在は教育実践活動を行っています。

私が知らなかった講話の番号は、

第一章「会社を元気にする三十六講」では
5「一陣の風が吹いてきて、私の頬をサーッとなでた」
7「掃除をきちっとしているか」
14「まずみんなの前で皿回しをやるのですな」
18「一年でも二年でも待つけどね。世間が待ってくれるかどうか、それは、私は知らんで」
20「ほかの企業が行かないなら、松下が出ていく」
22「僕をお湯で煮てくれ」
25「正当以上の卑屈な努力までする必要はない」
31「工場で働いている人たちに申し訳ない」
34「大衆と見えざる契約をしているのである」

第二章「日本を建て直す16講」は政治に関することでほとんど読んだことがないものばかりでした。
第三章「自分を高める30講」では
57「縁が結ばれるのは、人知を超えた天意である」
63「鳴かざればそれもまたよしホトトギス、やな」
81「わからなかったら、これを百万遍唱えなさい」
82「お願いするのは私のほうです」

いままでの本に含まれていない貴重な話を知ることができます。

心に残った言葉

常に志をいただきつつ懸命に為すべきを為すならば、いかなる困難に出会うとも道は必ず開けてくる。成功の要諦は、成功するまで続けるところにある。

自分の申し出が自分の利益に基づくものか、公の仕事のためなのかということだ。(中略)いかなる結果であっても、それが今の自分にとって最も相応しいものであると考えるべきなのだ。

私どもの工場では、朝早くから夜遅くまで、みんなが汗水たらしてやっているんです。そしてやっとできた製品に、正常な計算でつけたのがこの価格です。それを値切られるのは身を切られるよりも辛いのです。だからどうかこの値段で買ってください。

人生には損得を超越した一面、自分がこれと決めたものには命を賭けてでもそれに邁進するという一面があってもよいのではないだろうか。

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2005/08/28

勝つ人の考え方 負ける人の考え方 林野宏著

62664 林野さんはクレディセゾンの社長です。

クレディセゾンを知らなくても、パリの凱旋門を背景に老人が鉄棒の大車輪でくるくる回るCMや少し古いですが、柔道の決まり手をいくつも紹介するユニークなCMは記憶にあるのではないでしょうか。クレディセゾンは、日本信販やJCBを超えた「永久不滅ポイント」で有名なクレジット会社日本一の会社です。

1982年に林野社長が営業企画部長として異動したときはどうだったかといえば、経営不振の緑屋という割賦販売会社をクレジット会社に変えて再建中でした。苦労していた時期で、当然日本一など考えられもしなかったはずなのですが、林野さんはどうせやるなら業界でトップになってやる、そのためには何をすればよいのかを情熱をもって考え続けてきたのです。

その考えをこの一冊の本にまとめているのですが、林野社長は勝負やツキに大変関心をもっていて、勝つために大切なことは「情熱の持続力」と「頭の使い方」だといっています。

一度林野社長の講演を聞く機会があったのですが、話されていたことがこの本の中にも盛り込まれていました。巻末資料にはスライドにもあった「企業とは何か?」「ビジネスマンとは何か?」のチャートが掲載されており、このチャートを見るためにこの本を購入したといってもいいぐらいです。

林野社長はジャンルを問わず本を読破する乱読家なのだそうですが、印象に残ったコメントがありました。

読書とは、本を買った時点ではその価値はゼロ、読んだ時点で定価どおり、理解して自分のものにした時点で定価の一万倍、実際に活用した時点で一億倍にもなると私は考えます。

私も読書は好きですが、林野社長のいう「定価どおり」にしか活用していなかったのではと反省しています。せめて一万倍を目指して頭を使っていきたいと思います。

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2005/08/14

他力 五木寛之著 講談社文庫

4062730103 青春の門を興奮しながら読んだのを遠い昔のことのように思い出します。最近は「生きるヒント」、「大河の一滴」、「人生の目的」や「運命の足音」など人生論について多くの著作を発表されています。なかなか手にとることがなかったのですが、初めて他力を読みました。

他力と他力本願を辞書で引いてみると

他力
1.他人の助力。
2.自己の力で悟るのでなく、仏や菩薩の力を借りること。仏・菩薩の加護のこと。多くは浄土宗で、衆生(しゅじょう)を極楽へ救済する阿弥陀仏の本願の力。
他力本願
1.弥陀の本願の力に頼って成仏すること。⇔自力本願。
2.他人の力に頼って事をなすこと。他人まかせにすること。
(辞林21 三省堂)

他人の力を借りてことをなすこと、他人まかせと単純に思っていましたが、実は仏教用語で、自分の力だけではなく、神とか仏とかなんと形容したらよいかわからないけれども、この宇宙を作った強大なパワー、中村天風のいう「宇宙霊」のような力がサポートしてくれて初めてことがなせるのだ、というのが他力の本当の意味なのだそうです。

正直ものがバカをみる、ということを引き合いに著者が述べていますが、自分の努力だけではどうしようもない、時の流れのようなものが自分に味方しないと成功しないという現実がありますが、反対に考えれば、不遇のときでも「他力の風」がふいていないようだと考えて、風が吹くまで待つ余裕ができれば、その時点で他力を得ているということもできるといっています。

文庫の帯に「困難な時代を生きる100のヒント」とありますが、一つ一つの話がジーンと心にしみる感じがします。

心に残った言葉

「自分を信じ、自分を愛することから始めるしかないのではないか」
 人間はただ無為に生きるだけでも大変なことなのです。一生に誇るべきことをなしとげた人は、謙虚に感謝すればよい。もしできなくても恥じることはない。生きることそのものが大変なことです。五十年、六十年生きたという人は、もうそれだけでほめてあげていい。どんな人生であっても、それなりに一生懸命、必死でいき続けてきたことに違いないのです。
 いまの自分はみっともないかもしれないけれど、それをそのまま肯定し、受け入れてみてはどうでしょうか。とりあえず、自分を信じ、自分を愛することから始めるしかなさそうです。
(73〜74ページ)

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2005/08/13

中村天風 一日一話 元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話

456964497X PHPから中村天風の新刊が出ました。

一日一話で1年間366日分の中村天風の話が、一ページに2つずつ掲載されています。読んでみると、どこかで読んだ記憶のある話ばかりです。それもそのはず、出典一覧をみるとうなずけます。

出典一覧
●中村天風財団(財団法人天風会)発行
「真人生の探求」「研心抄」「錬心抄」「哲人哲語」「安定打座考抄」「天風誦句集」「真理行修誦句集」「天風瞑想録」「箴言注釈」他
●その他の出版社
「成功の実現」「盛大な人生」「心に成功の炎を」「君に成功を贈る」「叡智のひびき」「真理のひびき」「運命を拓く」「天風先生座談」「図説・中村天風」
最近出版された「図説・中村天風」は中村天風の生きた時代をさまざまな切り口から検証したムックで楽しい内容になっています。歴史の勉強にもなりました。

これだけの出典からえりすぐられた話が一日一話形式で読むことができます。その日の話を読むだけではなく、中村天風の読み物として常にそばにおいておきたい内容になっています。値段も1100円(税別)と手ごろです。続編を是非期待したいと思います。

心に残った言葉

ひたすらに 人の世のために活きなんと
            思う命に 光あるかな

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2005/08/04

人生の旋律 神田昌典著

4062124955 神田昌典さんの本を初めて読みました。

経営の成功法則を書いている人だ、と思っていました。

この本は人間としての本当の成功とは、幸せとは何かを熱く語っています。

初めて名前を聞いた、伝説の実業家、近藤藤太。

彼の人生を通して自分がいかに生きるべきかの道しるべにする。

このような波乱の人生を生きた人をよく発掘できた、と思います。

神田さんは、これからの10年は波乱の時代になるといっています。

ちょうど2世代、70年プラスマイナス10年で歴史は繰り返している。

大正のバブル景気の後、日本は第2次世界大戦に突入します。

いままでの価値観が全て変わってしまった、大正から昭和初期の

歴史が繰り返されるかもしれない。

これからの激動の時代を生き抜くには、先人の知恵に学ぶことが必要、

それが近藤藤太なのです。

読み始めるととまりません。

しかし、それは必ずしもトウタに限りません。

神田さんがあとがきで書いているように、

身近に奇跡を語ってくれる人がいるはずです

昔、今は亡くなった祖父から、我が家の江戸時代からの系譜を

聞いたことを思い出しました。

普段の姿からは思いもよらず、いきいきと話してくれたことを思い出します。

お祖父ちゃん、お祖母ちゃんがいる方は是非聞いてみて下さい。

奇跡の物語を。

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2005/07/31

自分のためにもっとお金を使おう 中谷彰宏著

4478701865 衝撃的でした。

中谷彰宏さんの本を読むのはこれが初めてでした。

子どもにお金がかかるしなかなか貯蓄もままならない、なんとなく日々の生活に追われているような、そんなときにこの本を手にとったのでした。

副題は「お金で苦労しない54のヒント」。黄色い帯には、「今日使うお金が、明日のあなたを作る。」とあります。

ひとことでいうと、気持ちを切り替えてくよくよ悩まないということです。

金持ちになればお金に悩まないかというとそんなことはないと思います。

あればあるだけ減らさないための気苦労が多いような気がします。

考えてみれば、かつかつ生活できていてプラスもない代わりにマイナスもない現状は幸せなのかもしれない、と考え直させてくれます。

その45、親が自分のために使えば子どもは伸びる。子どものためよりも自分のために使おう。
これは参考になりました。子どもの塾のためにお金がかかるけれども自分が勉強して教えてあげればいい、親が一生懸命勉強する姿を見て子どもは勉強するようになる、というところはなるほどと思いました。

金は貯めるよりもどう使うかが問われている。

自分のためにお金をどう使うかを右脳をつかって考えて生きたいと感じました。

心に残った言葉

成功者の共通点は、お金に対してクヨクヨしないこと。

お金がなくて苦労しているのではない。お金がやや余って苦労している。

お金持ちの家には、モノがない。

目的のある人は、余分なお金を持っていない。

大富豪を見れば、大金持ちになろうと思わなくなる。

最も有利で確実な投資は、自分への投資。

税金は2割を取られるのではない。全部払って8割返してもらうのだ。

お金は、すべて借り物であると気づこう。

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2005/07/15

中村天風 君だって、ここまでやれる! 池田光著

19602534 中村天風の廉価本での決定版はこれです。

中村天風 君だって、ここまでやれる! 池田 光著 三笠書房 知的生き方文庫

たったの495円+税です。

心身統一法積極精神養成法など天風哲学のエッセンスがこの文庫の中に入っています。

特に天風会の修練会に参加して初めて教えてくれる、クンバハカ呼吸法天風体操などが図解入りで紹介されています。

こんなにコストパフォーマンスのいい本はありません。

同じ著者が「中村天風 自分に『奇跡』を起こせ! あなたの”心の強壮剤・開運剤”!」を同じ出版社から出しています。こちらも必読です。

病はある日突然ふってきます。因果応報。必ずそうなるだけの原因が自分にあるのだそうです。しかし体は病に侵されても心までは病ませまい。常に心を強く正しく美しく保ち、積極的であればいつも間にか病は自然に去っていきます。

怪我をしたらヨーチンでもぬって放っておけば自然に治癒するのです。

自分が病になったらどうだろうかと考えるとなかなか天風のようになれないかもしれませんが、心構えだけでも積極的にしていきたいと思います。

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2005/07/13

君に成功を贈る 中村天風述

中村天風のことを知るいいきっかけになるのが「君に成功を贈る」です。

「成功の実現」や「盛大なる人生」と同じ出版社の日本経営合理化協会が、リーズナブルな価格で中村天風の講演録を出版しています。

1800円という手ごろな価格で、中村天風が若い人向けに話した内容を読むことができます。

前にも書きましたが、既に故人となった中村天風の講演録はあまり本になっていません。

日本経営合理化協会の「成功の実現」、「盛大なる人生」や「心に成功の炎を」の3冊とも定価で1万円近くするので、おいそれと買うわけには行きません。

もちろん買って損はしないと思いますが・・・

もうすこし手ごろな価格で中村天風の提唱した統一道に触れられたらといつも思っていました。

2001年に出版されたこの本は待ちに待ったものでした。

もっとたくさんの講演録が同じように本として登場してくれれば、世の中の苦しんでいる人の助けになるのではないかと思っています。

巻末には、「中村天風 成功手帳」から天風成功金言・至言100選が掲載されています。

どれをとっても勇気づけられる内容です。同じく日常の心得も掲載されており、連想暗示法、命令暗示法、断定暗示法などがわかりやすくコンパクトにまとめられています。

心に残った言葉

出世成功する人は、誰からも好かれる人である

悲しいことや辛いことがあったら、いつにもまして、笑ってごらん。

悲しいこと、辛いことのほうから逃げていくから

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2005/07/08

成功へ導く言葉 中村天風

今年4月に出版された中村天風の新刊が「成功へ導く言葉」です。

著者は昭和43年(1968年)に亡くなっています。

生前の中村天風の講演での言葉をそのまま掲載した内容です。

2004年10月10日に出版された「心が強くなる言葉」と同じような装丁です。

欲望、人生、力、言葉、現実、理想、宇宙、幸福、信念、心の10項目について、中村天風の膨大な講演録の中からいぶし銀のような言葉を集めています。

読み終わった後にすがすがしいような、風呂上りのようなさっぱりした気持ちになれる本です。中村天風の「言葉」を味わってみてはいかがでしょうか。

こころに残った言葉

我ありと、思えるものは仮の我。まことの我は命そのもの。

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2005/07/03

中村天風 銀の言葉 岬龍一郎著

中村天風のすばらしい哲学を理解するために一番よいのは「成功の実現」や「盛大な人生」を読むことだと思います。

しかし、天風の講演録であるこの2冊の本は、大部でもあり値段も高い。

初めての人には、簡単に読みきれるとはいえません。

こんなときに助かるのが、この2冊を含めた天風哲学をダイジェストにした「中村天風、銀の言葉」です。

なぜ金ではなく銀なのかというと、いぶし銀のように心に響いてくるのが天風の言葉だからです。

実際に読んでみると、天風哲学をわかりやすくまとめてあります。

天風哲学の魅力
天風がいう「幸福の条件」−人生は心ひとつの置き所
天風の人生の軌跡
天風哲学の日常的な実践、極意
など

本の帯に「天風哲学の神髄は『人間を創る』ということである。病気や不幸で現在苦しんでいる人、仕事や人間関係で悩んでいる人にとって、天風哲学は、大いなる勇気と幸福をもたらせてくれる。」とあります。

悩んだ時に読んでみたい本です。

心に残った言葉

考えてごらんよ。理屈ではなく、人間、欲を捨ててどこに生き甲斐があるの。みなさんも、強い心を持ちたい、積極的な人生を歩みたいと思うから、それに近づく努力をしているのでしょ。それは立派な欲なんです。だから私はあえていう。大いに欲望を炎と燃やせと。

人の喜びをわが心の喜びとせよ。これは人間だけが持つことのできる尊い心なのだ。この喜びは何ともいえないエクスタシーがあって、私はこれを霊性満足と名づけている。

人生というものは、苦しみを忍ぶとか、辛さを忍ぶとか、そのような忍苦忍耐よりも、現在の自分の生きている命にできるだけ喜びを多く味あわせて生きることだ。

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2005/06/19

自助論 S.スマイルズ著

1858年、サミュエル・スマイルズによって出版された"Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct"は、明治4年(1871年)に「西国立志編」として翻訳出版された。

福沢諭吉の「学問のすすめ」とともに明治の青年に広く読まれ、当時の日本で総計100万部を超える大ベストセラーになったという。

天は自ら助くる者を助く

因果応報

原因と結果の法則

自分が思ったこと、考えたことがそのまま結果として現れる

今の自分の状態は、今まで自分が考えて行ってきたことの結果として存在する

もし、今の自分に満足していない、つまり幸せでないのであれば、

自分の考えそのものを変えない限り幸せにはなれない。

明治維新で大きく世の中が変わった。

どう生きたらよいかを真剣に考えた。

明治の青年の支えとなったこの本を、永遠の青年として読み直してみたい。

心に残った言葉

しみったれで了見の狭い人間は、生活でもビジネスでも先を見通せず、結局は失敗する。

正直が最良の策であるように、寛容と気前のよさもまた人生を生きるための最良の策といえるだろう。

一度に一つの仕事しかしない人間のほうが、むしろ誰よりも多くの仕事をする。

自らの欲するところを忠実に行なえ

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2005/06/09

ミラクル 辻 仁成著

410136124X 失ってしまった遠い昔の記憶

子どもにしかみえない、大人になるとみえなくなるもの

かすかに覚えているような・・・

自分の一番古い記憶とはなんだろうか

子どもから大人にかわる微妙な年頃

ミラクル

一気に読んでしまった

なつかしいような、胸がしめつけられるような物語

挿絵もすばらしい

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2005/06/02

道をひらく 松下幸之助著 PHP研究所

4569534074 雑誌PHPの裏表紙に掲載された短文を集めた本です。

表題にもなった「道をひらく」は一番最初にあります。

本屋で立ち読みした時、「道をひらく」を読んで心の中が暖かくひらかれたような気がしたのを覚えています。

自分には与えられた道がある。自分だけにしか通れない道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのない道。広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。(中略)

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。

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2005/05/15

一冊の手帳で夢は必ずかなう

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久しぶりに手帳の関係でいい本が出た。

東京証券取引所第二部に上場しているGMO・グローバルメディアオンライン株式会社の代表取締役会長兼社長熊谷正寿氏が書いた、手帳というより夢の実現方法の本である。

昔から手帳に関する本が好きで何冊も読んでいる。

「究極の手帳術、ポストイットと能率手帳で十分」(福島哲司著、明日香出版社、1991年)
能率手帳と大判のポストイットノート(655番)だけで、システム手帳を上回るシステムを構築するという画期的な内容だった。

「『ポスト・イット』知的生産術」(西村晃著、メディアパル、1996年)

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経済キャスターの西村氏がNHK記者時代に考え出したA5版能率手帳とポストイットを使ったシステムだ。小型のポストイットとペンを胸ポケットにいれて、ところかまわずアイデアがうかんだときにポストイットにメモを取り、はがしてポストイットの裏表紙に貼りつける。そして落ち着いたところでA5版の能率手帳に貼りつけるのである。能率手帳はあくまでポストイットを貼りつけるための土台であり、貼りつけられたポストイットをはがすことで仕事が完了する。その日にやらなければならないことをすべてポストイットに一件1枚で書き出して、その週の右ページに優先順位に従って上から下に貼りつける。その用件が終了したらはがして捨てるのである。はがすことが仕事を終わった印であり、快感になる。その日の仕事がどこまで終わったかが一目でわかる。

データベースとしてもつかえる。後半のメモのページはそれぞれ独立した項目のデータをポストイットに書いて蓄積する。自分独自のデータベースを作りだす。手帳は1年経つと新しく買い替えるわけだが、データの移し変えは大変な作業だった。ところがポストイットをはりかえるだけでデータの移動が完了する。西村氏は9月には翌年の手帳を購入し、データを移し変えながら新旧2冊を常に持ち歩いているという。

個人的には、西村氏のシステムを真似して使っている。しかし、ポストイットをはがしてしまうとその日に行った仕事が残らなくなってしまう。それで私は、電話、FAX、メール、郵便、宅急便、手渡し、口頭、などの記号を作り、その日の予定の仕事をすべて手帳に書く。こちらから発信する仕事で終わったものには赤ボールペンで、先方から受ける場合は緑の線を引いている。赤で消すことが快感になるのだ。その日一日が終わったあとは赤や緑で用件は消されており、残されたものが明日以降に処理すべき仕事になる。

スケジュールは小型の手帳に記入し、仕事の用件はA5版の能率手帳に記入している。

熊谷氏の手帳はスケジュールや仕事の処理といった目先のことだけではなく、将来の夢の実現まで手帳に盛り込んだ。現在東証二部上場会社の代表取締役である熊谷氏は、21歳のとき自分の夢を実現させるため、手帳に夢を書き込み、その夢を忘れないためにその手帳を肌身離さずに持ち歩き、何度も見ては夢に対する思いを確認したという。21歳のときに「35歳で自分の会社を上場させる」という大きな夢を描き、実際に35歳と1ヶ月で実現した。いろいろな成功物語やノウハウ本があるが、実際にやりとげた人の話は説得力がある。

この本を読んで一番難しいと思ったのは夢をもつことだと感じた。自分の「夢」「やりたいこと」を書き出してやりたいことリストを作る。これは簡単なようでなかなかそうではない。同氏はなかなか夢がでてこない読者に「明日死ぬとしたら何をしたいかと考えたらどんどんやりたいことが出てくる」というが、自分が明日死ぬということはあまり実感として感じられない。いきおい出てくる夢は、あまり自分を打ち振るわせるようなすばらしい夢、目標というものにはならない。「人は、夢で描いた自分の姿以上になれない」のだから、夢を描けないとこの本を読んだ意義も薄れてしまう。

ここで思い出すのは、松下幸之助の言葉である。自分のやりたいことが見つからない、ということは、自分のことだけを考えているからだ。他人のこと、社会のこと、日本のこと、世界のこと、自分が貢献するためには何ができるのかを考えることだ。

もう一度、この本を読み返してみよう。

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2005/05/03

梅原猛の授業 仏教(朝日新聞社)

この本は、梅原猛氏が中学校で行った宗教の授業をまとめたものです。

近代日本の道徳教育を象徴する教育勅語には仏教の思想が全く含まれていないと感じ、新しい道徳教育を考えるには日本人が長い間培ってきた仏教の道徳を復活させなければならないとの思いから授業が実現したのです。

はずかしながら梅原猛氏の本は1冊も読んだことがなかったのですが、最近「新しい哲学を語る」(梅原猛・稲盛和夫著、PHP文庫)を読みました。その中で稲盛氏の「私は、梅原先生が中学校で行われた授業をまとめた『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社)を、朝、目が覚めて布団から出る前のぬくもりのなかで読み終えました。毎日一時間ほど丁寧に読んでいったのですが、時間の経つのを忘れてしまいました。」のことばを読んで早速読んでみたわけです。

仏教に関する知識はほとんどありません。その意味では中学生向けに行われた授業をまとめたこの本は私にちょうどよかったようです。

死んだあとの世界がないと思っているのが現在ですが、古い時代には霊魂や死んだあとに極楽浄土や天国などへ行くことが信じられていて、いま救われなくても死後の世界で救われるために、念仏を唱えたりするいろいろな宗派が出来ていった。信じない方が幸せなのか信じる方が幸せなのかはそれぞれの人によるのでしょうが、長い歴史をもった宗教、その中でも日本に大きな影響を与えてきた仏教を知ることは無駄ではないと思います。

仏教の中にはいろいろな宗派があるのですが、あらゆる仏さま・菩薩に共通の願(がん)があります。それが四弘誓願(しぐせいがん)です。

1.衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
地球上の生きとし生けるものの皆が苦しんでいる。その全てを利他の精神で救いたい。数限りのない人々(衆生)を悟りの彼岸に渡そうという誓願。

2.煩悩無数誓願断(ぼんのうむしゅせいがんだん)
いろいろある尽きることのない煩悩を断とうとする誓願。

3.法門無尽誓願学(ほうもんむじんせいがんがく)
学ぶべきことは無数にある。それを全部学んでいきたい。量り知ることのできない仏法の深い教えを学び取ろうという誓願。

4.仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
無上のこのうえものない仏の悟りをなしとげたいという誓願。

仏教をもう一度勉強してみたいと思います。

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2005/04/30

生きる意味 上田紀行著 岩波新書

400430931X 生きるということはどういうことなのか、自分はどう生きたいのか、そして子どもたちにはどう生きてほしいのか。新書ながら難しいテーマを掘り下げたなかなかの本である。

現在は「生きる意味の不況」だと著者はいう。経済的な豊かさだけを追求して、他人のほしがるものを自分も求めることで物質的な幸せを追い求めていたが、1990年代初めのバブル崩壊によって奈落の底に突き落とされた。自分を他人と比較することでしか幸せを感じることができない人が多くなった。景気が回復すればこの問題は解決するのか。もっと深いところに問題の核心があると著者は指摘する。

自分が何をやりたいのか、という自分にとって重大なことをこれまで問うことなしに生きてきた子、自分が何をやりたいのかよりも、いかにしたら周囲に受け入れられるかを優先してきたので、自分が何をやりたいのかも分からなくなってしまっている子。「透明な存在」は自分の存在感の危機に瀕することになってしまうのである。

著者は現代日本人の空しさは自分がどこまでも交換可能であるという意識からくる「かけがえのなさの喪失」だという。

は本当は世界に一人しかいないかけがえのない存在だ。の誕生は神秘に満ちている。4〜5億個を超える精子がたった一個の卵子を目指して、そして私自身の新しい人生を目指して殺到する。実際に合体できるのはたった一個の精子だけだ。精子と卵子の組み合わせはそれこそ無限にあり、この熾烈な戦いを勝ち抜いてこの世に誕生した最初から、はこの世に一人しかいないかけがえのない存在なのだ。

この本は、単なる哲学的な考察ではなく、グローバルシステム、グローバル資本主義を採用したことによる社会の変化、日本の構造改革推進による問題点を、経済的側面から果敢に掘り下げている点が特徴的だ。一瞬、何の本を読んでいたのかを忘れるぐらい新鮮が驚きがある。

「黄金の拘束服」と呼ぶ、新しい政策を導入しなければいけないという。(中略)具体的には、経済活動の中心を民間に置き、国有産業と公益事業を民営化し、関税や資本市場の規制を緩和し、外国からの投資を奨励し、国内での競争を促進させ、国民の個人投資の選択肢も広げるような、政治経済的政策である。つまり現在の日本政府が推し進めている「構造改革」とはまさにこの「黄金の拘束服」の実現に他ならないことが分かるだろう。

ハンバーガーチェーンのマクドナルドが存在する任意の二国は、それぞれにマクドナルドができて依頼、お互いに戦争をしたことがない。

グローバル資本主義のルールに従う国は汚職や賄賂などの腐敗が減少する。(中略)民主化が進む。

企業についても同じだ。情報開示が悪い、つまりIR(投資家向け広報)活動の悪い企業は投資家から見向きもされなくなり、資金調達の道を閉ざされることになる。常に投資家の厳しい目にさらされることになるのだ。それがグローバル資本主義のルールなのだ。

グローバルシステムを採用した社会は、他人の目を意識せざるを得ない社会であり、これが新たなるストレスになる。かけがえのない自分の喪失につながっているのである。

かけがえのなさを取り戻すためにはどうしたらよいのか。

経済的利益至上主義すなわち数字信仰ではなく人生の質を目指していくべきだと著者はいう。

自分自身の心に素直になって、自分がいま一番何を求めているのかに従って生きていこう、モノの多さ、地位の高さ、そして「他者の目」からの要求に惑わされず、自分の感じ方を尊重して生きていこうということこそが「心の時代」なのだ。

著者は釣りバカ日誌のハマちゃんの例をあげて、自分の好きなものに打ち込む幸せの重要性を訴えている。

かけがえのなさを取り戻すための活動は、経済的利益至上主義ではない活動、つまりNPOが中心になってくる。自分のためだけではなく、他人のため、社会のため、世界のために活動することによって自分自身も救われるのだ。

社会に役立つことの喜び、かけがえのない自分の発見、生きる意味を再認識する。まわりが暗かったら自分が光になり、まわりを明るく照らしていこう。著者の気持ちが伝わってくる。

ぜひ一読をお勧めしたい。

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2005/04/10

天風先生座談 宇野千代著 廣済堂文庫

4331650235 中村天風を知りたいと思い「運命を拓く〜天風瞑想録〜」を読んだのですが、理解するのに時間がかかりました。他の本を読んで知識を蓄えてからの方がよかったと感じました。「成功の実現」(日本経営合理化協会)を最初に読むといいと思います。1万円を超える値段ですが、それだけの価値はあります。

とりあえず中村天風を知りたいのであれば、宇野千代が、中村天風の講演をその印象を損なわないように、書き起こした「天風先生座談」がお薦めです。

宇野千代といえば昭和32年(1957年)に「おはん」で野間文芸賞をとって一躍有名になりましたが、その後一行も書けない苦しい時代がありました。自分で「私はもう書けない。私にはもう書くことができない。私はちょうどそういう年齢に達したのだ。詩想が枯渇する年齢に達したのだ。」と思い込んでいたのです。

ある夜宇野千代は、中村天風から「人間は何事も自分の考えた通りになる。自分で自分に与えた暗示の通りになる。」「出来ないと思うものは出来ない。出来ると信念することは、どんなことでもできる。」といわれました。では私は、書けないと思ったから書けないのか。書けると信念すれば書けるようになるのか。17〜8年間1行も書けなかった宇野千代がある日2〜3行書いた。また1枚書いた。そして書けるのではないかと思った途端書けるようになったというエピソードが紹介されています。

魔法のような話ですが、一面の真実だと思います。馬鹿の壁ではないですが、自分から自分の能力に蓋をしてしまっている人は多いのではないでしょうか。中村天風は、落語家のような話し方で子どもから大人までわかりやすく人生の真髄を語っています。既に亡くなっていますから実際の声を聞くことはできませんが、宇野千代の自らの感動と幸福を自分以外の何百万人の人にも伝えたいという気持ちが伝わってきます。

心に残った言葉

人の命は、一ぺん死んでしまったら、二度とこの世に出られません。である以上、たとえ現在がどうあろうとも、三寸の息絶えて、万事休す、その日まで生きているんですから、死なない限りは生きているんですから、たとえどんなことがあろうとも、生きているというこの有り難さを心に思い、どんな辛いことがあろうとも、どんな悲しいことがあろうとも、すべてこの俺が、もっと高い心の境地になるための、天の試練なり、というふうに考えて、それを喜びと感謝に振り替えたら、どうでしょう。

いま、このことをそうだと思ったら、その人は今日から以降、ほんとうの幸福というものを味わいうる人です。

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2005/04/09

福翁百話 〜明日へのともしび〜 福沢諭吉著 金園社刊

家の前の桜が満開だ。強い風に花びらが舞う。

福沢諭吉の本では「学問のすすめ」や「福翁自伝」が有名だが、この「福翁百話」は明治29年(1896年)3月から明治37年(1904年)7月までの百回にわたり時事新報に連載されたものだ。

第一話は宇宙。宇宙の広大さ、美しさ、構造の緻密さ、誤りのない一定不変の規則をもって運営支配されていることの不思議さの前に呆然としてしまう。人間の存在のなんと小さなことよと諭吉の宇宙(天工)への思いが綴られている。

第二話の天工では、「万物の必滅は天然の真理なりといえども、その滅するはただ形を変ずるのみにして物質の消滅するにあらず。」と全てのものが移り変わる中で物質そのものは形を変えることはあっても地球や宇宙から消えるわけではなく、ただその形をかえるだけなのだといっている。

人間を見ればその構造の精巧さやその働きは人工のものではまねることはできない。このように自然の微妙な働きは人智の及ばないもので、この偉大な力(天)がどこにあるかを捜そうと思えば、全てのものが天であり、塵の中にも天を見ることができる。いや、近くを見れば自分自身も天の力が宿っているひとつの肉の塊であると発見することになる。

第五話の因果応報では、「人間の一挙一動、一言一行は微妙の辺に原因結果の争うべからざるものあるを証するに足るべし」と悪を行うものには必ず災いが降りかかり善を行うものには福が訪れるはずであるが、世の中必ずしもそうとばかりはいえない。けれども天の広大さと人間の無知から、天の本当の動きは人間がわかるものではない。ただ人間は因果応報を信じて少しでも言行ともに善に近づけていき、祖先に対してはその苦労を感謝し、子孫には文明進歩のきっかけを残したいといっている。

百年前とは思えない、人生のみちしるべとなる大切なひとつひとつの話から、諭吉のこころが伝わってくる。

心に残った言葉

元来人間の心は広大無辺にして、よく理屈の外に悠然たるを得べきものなり。

人生を戯れと認めながら、その戯れを本気に勤めて倦まず、倦まざるがゆえによく社会の秩序を成すと同時に、本来戯れと認むるがゆえに、大節に臨んで動くことなく、憂えることなく、後悔することなく、悲しむことなく安心するを得るものなり。

人間世界の禍福はその到来に遅速遠近こそあれ、概して人間の言行に由来するの事実を見るべし。

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2005/04/03

成功者と成幸者 上村光弼・文

PHP研究所から出版されたこの本の帯には「ときどき思い出したい大切なこと」とあります。

大手電気メーカーのメールマガジンにビジネス心理学を連載されていた衛藤信之氏が連載の最終回で、自らの教え子として上村氏を紹介していた関係で手にとりました。

「功を成すということに熱中している人」(成功者)
「幸せになることを大切にしている人」(成幸者)
対照的に取り上げています。

さるのイラストもユニークであっという間に読んでしまいました。

根底に流れる考え方は、松下幸之助とおなじです。
仕事での成功や事業での成功だけでなく、本当の人間としての成功を目指すべきでは
ないかということです。
本当の成功、人間としての成功とは、人それぞれに与えられた天分にしたがって、
自らのできることをやって他の人にまた社会に貢献することであると思います。

心に残った言葉

成功者は自分のお蔭と思い、成幸者はみんなのお蔭と思う。

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2005/03/29

道は開ける D.カーネギー 香山晶訳 創元社刊

「人を動かす」が人間関係の古典なら、「道は開ける」は悩みに関する指南書です。
日本でも交通事故死が1万人を超えたときには、交通戦争とマスコミの話題になりま
した。しかし、3万人を超える人が自殺している現在は、悩みとの壮絶な戦いに敗れた
人が予想以上に多いことを思い知らされます。

カーネギーがYMCAの成人クラスで教えていた時、受講生の関心は人間関係を円滑
にして、自らが昇進昇格することでした。そしてそれについで多かったのが悩みへの
対処でした。
受講生は学費を分割払いにしていましたので、授業が面白くなく、実用的でないとき
にはお金を払いません。それだけに毎回の授業はカーネギーと受講生との真剣勝負
でした。カーネギーは悩みに関する本を探しに大きな公共図書館にいったのですが、
悩みを取り上げている本はたったの22冊しかなかったのです。
まず22冊の本を読み、それから先哲の書をよみ、テキストの執筆に取り掛かって
7年間かかって書き上げたのがこの本です。

悩みを解消するためにノウハウが詰まった大変参考になる本です。
私は目次を自分で打ち込んで縮小印刷してものを手帳にはさんでいます。
時間があれば読み返し悩みを解消するようにしています。

目次

1.悩みについて知らなければならない基本的事実
2.悩みを分析する基礎技術
3.悩みの習慣を早期に断とう
4.平和と幸福をもたらす精神状態を養うための七つの法則
5.祈りは、実用的−あらゆる人々が共有する非常に根源的な三つの心理的欲求を満たしてくれる
6.批判を気にしない方法
7.疲労と悩みを予防し、活力と精神を充実させる六つの方法

心に残った言葉

過去と未来を鉄の扉で閉ざせ。今日一日の区切りで生きよう。

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2005/03/27

人を動かす D.カーネギー著 山口博訳 創元社刊

人を動かす

D.カーネギーが、1936年に出版した「How to Win Friends and Influence
People」の翻訳です。日本を始め世界中で読まれており、人間関係の古典といっても
いい本です。

ハードカバーで読みましたが、いつでも読める文庫がないかと思っていたら、創元社
から「ハンディ カーネギー・ベスト」という文庫3冊セットが発売されています。
「人を動かす」(D.カーネギー著 山口博訳)
「道は開ける」(D.カーネギー著 香山晶訳)
「カーネギー名言集」(ドロシー・カーネギー編 神島康訳)
春のセンバツも始まりましたが、人生の門出に贈る本としては最適だと思います。

この本は、カーネギーがYMCAの成人クラスで弁論術を教えるために作ったものです。
カーネギーはこのクラスを教えるにあたって人間関係について書かれた参考書を探し
ました。ところが、驚くことに適当なものがひとつも見つからなかったのです。
それで自分で参考になりそうな例を探し、1枚また1枚と増やしてきたテキストが15年
経って1冊の本になったのです。

読むとわかりますが、たくさんの事例を紹介しています。1936年(昭和11年)当時の
事例は古いのですが、カーネギーは最新の事例を加える改訂を丹念に続けました。
1955年にカーネギーが無くなってからは、ドロシー・カーネギーがそれを引き継いで
事例を更新しています。最初にハードカバーで読んだ時の印象とくらべると、新しい
読みやすい内容に変更されています。
ベンジャミン・フランクリンの例も紹介されており、「フランクリン自伝」を読むきっかけ
にもなりました。あらゆる人間関係の本がここから出発したといってもいいすぎでは
ないと思います。

人間関係の基本は古くて新しいもので、時が経っても変わるものではありません。

まとめを見るだけでもその内容の豊富さを感じていただけると思います。

まとめ

第一部.人を動かす3原則
1.批判も非難もしない。苦情もいわない。
2.率直で、誠実な評価を与える。
3.強い欲求を起させる。

第二部.人に好かれる6原則
1.誠実な関心を寄せる。
2.笑顔で接する。
3.名前は、当人にとって、最も快い、最も大切なひびきを持つことばであることを忘れない。
4.聞き手にまわる。
5.相手の関心を見抜いて話題にする。
6.重要感を与える―誠意をこめて。

第三部.人を説得する12原則
1.議論に勝つ唯一の方法として議論を避ける。
2.相手の意見に誠意を払い、誤りを指摘しない。
3.自分の誤りをただちにこころよく認める。
4.おだやかに話す。
5.相手が即座に“イエス”と答える問題を選ぶ。
6.相手にしゃべらせる。
7.相手に思いつかせる。
8.人の身になる。
9.相手の考えや希望に対して同情を持つ。
10.人の美しい心情に呼びかける。
11.演出を考える。
12.対抗意識を刺激する。

第四部.人を変える9原則
1.まずほめる。
2.遠まわしに注意を与える。
3.まず自分の誤りを話した後、相手に注意を与える。
4.命令をせず、意見を求める。
5.顔を立てる。
6.わずかなことでも、すべて、惜しみなく、心からほめる。
7.期待をかける
8.激励して、能力に自身を持たせる。
9.喜んで協力させる

付録.幸福な家庭を作る7原則
1.口やかましくいわない。
2.長所をほめる。
3.あら探しをしない。
4.ほめる。
5.ささやかな心づくしを怠らない。
6.礼儀を守る。
7.正しい性の知識を持つ。

心に残った言葉

「常に相手の立場に身を置き、相手の立場から物事を考える」という、たった一つの
ことだけを学び取っていただければ、成功への第一歩が、既に踏み出されたことに
なる。

あなたの話し相手は、あなたのことに対して持つ興味の百倍もの興味を、自分自身
のことに対して持っている。

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2005/03/25

僕の生きる道 橋部敦子著

この本がテレビドラマの原作だとは知らなかった。
第一、社会現象にまでなったらしいこのドラマを一度もみたことがなかった。

テレビのドラマなどほとんど見ない。「世界でひとつだけの花」はこのドラマ
の主題歌だった、というのはこの本をみて初めて知ったのだ。

それはさておき、この本自体は、すばらしい。よくある不治の病でお涙ちょうだい
の安物の内容ではない。
昨秋、本屋で手にとって立ち読みを始めた。あっという間に10ページ読んだ。
迷わずレジに直行した。帰りの電車の中でかなり読み進んだ。
あらすじは改めて書くまでもない。皆さんご存知だと思うので省略する。

余命1年と宣告された中村先生と、結婚することを決意したみどり先生に、二人
が勤める学校の理事長でもあるみどりの父が、癌とわかった後に結婚に反対する。

「―死んでしまうからだよ! どうして、死ぬとわかってる男と、結婚するんだ」

生まれて初めて父に怒鳴られたみどりの言った言葉が印象に残る。

「―死ぬとわかっている男は彼だけじゃない。世の中の男、全員よ」

自分が死ぬのはもっと後だ、と根拠もないのに思い込んでいる。今やらなくても
明日やればいいと先送りする。生きていることへの感謝を忘れ、生きていること
に比べたらどうでもいいような二次的なことで悩んでいる。ちょっとしたことで怒り、
悲しみ、恐れる。自分の命を縮めることに気がついていない。

この本を読むと、生きていることは不思議なことで有り難いことだ、ということを、
思い出させてくれる。

レンタルビデオ店で「僕の生きる道」を借りてきた。
主役の二人を支える脇役がきらりとひかり、本と同様感動した。

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2005/03/24

「新・考えるヒント」(池田晶子著、講談社)

学生時代に小林秀雄の「考えるヒント」を読みこなせなかったときの残念な思いから、
アマゾンで衝動買いしてしまった。

著者が小林秀雄になりきって新しい「考えるヒント」を書いている。「考えるヒント」
を読み直している途中なのでなんともいえないが、読みやすい小林秀雄という気が
する。最後まで一気に読むことができた。

実際に小林秀雄の文章を引用した部分はゴチック体になっており、はっきり区別で
きるが、これがもしゴチックでなかったらわからないのではないかと著者自身もいって
いる。

心に残った言葉

わかるということは、決して説明によってわかるのではない。言葉自体の力によってわかるのだ。

善悪は存在する。われわれのうち深くに存在し、その針は常にふれている。しかし、誤たずにわれわれを導いている。(中略)内にあるこの絶対性を、外にあるかのように思う時、人は自ら判断する自由を放棄する。つまり生きるのをやめることになる。

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2005/03/22

14歳からの哲学 〜考えるための教科書〜 池田晶子著

本屋で平積みされていて何となく買ってしまった。
哲学というと、なんとなく疎遠になってしまいがちだ。

「私」という名で呼んでいるなにものかが、私の人生を生きている。
まず言葉ありきで、「私」とはなんなのか。

このあたりは、中村天風に通じるものがある。「私」は体でもない、こころでもない、
あえていえば魂といえばいいのだろうか。いやそうとしか考えられない。
中村天風はそう考えた方が楽になるといっている。
生きているということは、ある意味不思議なことである。どうして自分は生きている
のか。この問題を考えるには哲学を避けては通れない。

「14歳からの哲学」は今年の中学入試問題にもかなり使われたらしい。
中学生でも読めるようにやさしい言葉で書いてあるが、内容は同じ著者の
「新・考えるヒント」や「41歳からの哲学」と同様にレベルが高いと思う。

休んでばかりいる私の脳みそには、たまには人生について考えてみるのも、
いいかもしれない。

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2005/03/21

フランクリン自伝 岩波文庫

「フランクリン自伝」(松本慎一・西川正身訳、岩波文庫)

ベンジャミン・フランクリンといえば、雷雨の日に凧をとばして電気を確認した
科学者として知られています。また科学者であるとともに出版業者、哲学者、
経済学者、政治家、そして何よりもアメリカ資本主義のそだての親としての
半生を、人生の大成功者であるフランクリンが自分の子孫のために、どうして
自分は成功できたのかをわかりやすく淡々と書いています。

印刷の植字工として働いていたときのことです。
他のみんなが昼にビールを飲むときでも、自分はパンのかけらで質素な食事
をとり、人の倍以上働いていました。本が好きで、そうして蓄えたお金で本を
買って勉強しています。
攻撃的な性格で、人を議論でやり込めなければ気のすまないフランクリンで
したが、一度コテンパンにやっつけた政治屋から決闘を申し込まれ、命拾い
してからは、謙譲をもって人に接することの大切さを説いています。
人にものを教える場合にも、教えているような風をしてはいけない、その人の
知らないことでも、忘れたことにように言い出さなければならない、さらに確か
なことでも確信なげに話せと勧めています。

自分の足りないところを補うために、「13徳」というものを定め、常に守れて
いるかをチェックしました。一番目から始めて、それを守れるようになってから
次の項目に進むというように常に自分に言いきかせていたのです。

13徳とは以下の通りです。

第一  節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
第二  沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。
第三  規律 物は全て所を決めて置くべし。仕事は全て時を定めてなすべし。
第四  決断 なすべきことをなさんと決心すべし。決心したことは必ず実行すべし。
第五  節約 自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
第六  勤勉 時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の
         行いは全て断つべし。
第七  誠実 偽りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
         口にだすこともまた然るべし。
第八  正義 他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を
         及ぼすべからず。
第九  中庸 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を
         慎むべし。
第十  清潔 身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
第十一 平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
第十二 純潔 性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽りて
         頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つける
         がごときことあるべからず。
第十三 謙譲 イエスおよびソクラテスに見習うべし。

なかなか難しいですが、一度チェック表をつくって実行してみてはいかがでしょうか。

付録の「富に至る道」は、リチャード・ソーンダーズという名で暦を販売していたフラン
クリンが、リチャードの名を借りて、成功するにはどうしたらよいか、富に至るには
どうしたらよいかを書いています。ぜひご一読ください。

心に残った言葉

私は他人の自惚れに出逢うといつもなるべくこれを寛大な目で見ることにしている。自惚れというものは、その当人にもまたその関係者にも、しばしば利益をもたらすと信じるからである。

神のもっとも嘉し給う(喜ばれる)奉仕は人に善をなすことである

間違いだと思われることを人が主張した時でも、頭から反駁したり、いきなりその主張の不当を指摘して快を貪るようなことはやめ、これに答えるにも、まず最初に、時と場合によっては君の意見も正しいだろうが、現在の場合はどうも違うようだ、自分にはそう思えるが、などと述べるのであった。

この五十年間、私の口から独善的な言葉が出るのを聞いた者は恐らく一人もあるまい。

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2005/03/15

人間を考える 松下幸之助著

人間を考える (松下幸之助著)
〜新しい人間観の提唱 真の人間道を求めて〜

江口克彦著「成功の法則」の中で、100回校正を繰り返した「松下幸之助 渾身の書」
と紹介されていた。

経営の神様である松下幸之助が、人間としていかに生きるべきか、 「王者」である
人間、宇宙の「根源」から生成発展を義務付けられ使命とされた我々が、いかに生きる
べきかを人生をかけて書いた本である。

私にもわかる平易な言葉で、先哲が積み上げた業績に自らの人生における経験を
加味し、宇宙の真理から人生の真理までのべている。

すがすがしさが残る。

心に残った言葉

人間は万物の王者としての天命を与えられている

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2005/03/14

三国志(1)〜(8) 吉川英治著

久しぶりに8巻を全部読み直した。

後漢没落後、魏の曹操、蜀の玄徳、呉の孫権の三国の争いを描いている。
桃園の誓いをかわした若き玄徳、関羽、張飛を中心に、物語の後半では
三顧の礼をもって迎えた諸葛孔明と魏の戦いが息もつかせない。

乱れた世の中、戦争に疲れた兵や農民を救うために漢王室の復活を目指す
玄徳と孔明。しかし、時の流れに利なく、司馬炎の晋に滅ばされてしまう。

戦乱の世にくらべて、現在がいかに幸せかを身にしみて感じる。
悩みがあってもこれに比べれば、小さなものに思えてくる。

本は読まなくても、ゲームをした人は多いのでは。

心に残った言葉

・泣いて馬稷を斬る

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2005/03/06

成功の法則 江口克彦著

019580090000成功の法則 〜松下幸之助はなぜ成功したのか〜 江口克彦著

http://nifty.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/41e208648fbf801047e8?bibid=01958009&aid=nifcc42189b25004da00

通勤途中、この本を読みながら何度も涙が出た。
感動でふるえるという経験はそう多くはないのに。

松下幸之助の厳しさのなかにも人間に対するやさしさがあるところに、みな付いて
いったのでしょう。

成功した大経営者を近くから見た、江口氏による松下幸之助観は深い。

・百回に及ぶ校正を経て完成した松下幸之助著「人間を考える」
・中村天風の教えもあったと思われる宇宙の「根源」についての思い

成功とは大事業をなすことや、お金を儲けることではなく、人間として成長し、世のため
人のために尽くすことであるという。

こころに残った言葉は

世間は誰ひとりきみの成功を邪魔したりせんよ。やれないというのは、外部の事情というよりも、自分自身に原因があるものなんや。外部のせいではない、理由は自分にあるんだということを、常に心しておく必要があるな。

熱意があれば必ず事業は成功する。けど、尋常一様な熱意ではあかんで。きっとこの事業を発展させよう、からだごとの、正しい熱意でないとね。

熱意を持続するには、自分の仕事を心底、好きになることだ

〜きみの声を聞きたかったんや〜人に感動を与えることができるならば、人はあなたのために動いてくれるようになる。

威張って知識を見せつけるよりも、心を開いて尋ねるほうが、実はずっと敬意を表される。

衆知を集めないというのは、言ってみれば、自分の財産は自分がもっている財産だけしかないと思っている人と同じやね。少しひらけた人なら良寛さんみたいなもので、全世界は自分のものだと思っている。しかし全部自分でもっているのはめんどうだから預けておこう、というようなもんやな。人間ひとりの知恵には限界があるんやから、その限度ある知恵だけでは、うまくいかんわけや。

熱意と誠実と素直。だまされたと思って、ためしにその三角形を胸に抱きながら仕事に取り組んでみてはいかがだろうか。

まず汗を出せ、汗のなかから知恵を出せ、それができないものは去れ

宇宙万物は生成発展している

理想を掲げることと、一歩一歩些細を積み重ねていくことは、車の両輪である。

・あふれるような熱意
・心底好きになる
・感動を与える
・雨が降れば傘をさす
・人に尋ねる
・衆知を集める
・成功とは些細なことの積み重ね

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2005/02/24

実行すること !

オグ・マンディーノはすばらしい人生の指南書を書く人だ。
最近、「ことばの魔術師からの贈り物」、「この世で一番の奇跡」、「この世で一番の贈り物」、「あなたに成功をもたらす人生の選択」「人生はすばらしいものだ」を読み、「十二番目の天使」を読んでいるところだ。
今までにも、デール・カーネギーの「人を動かす」や、マーフィーの「眠りながら成功する」「値千金の1分間」、ジェームスアレンの「運命は今日から劇的に変わる」、「すべて思いのまま!7つの黄金法則」、スマイルズの「自助論」、ベンジャミン・フランクリンの「自伝」、松下幸之助のさまざまな本、中村天風のたくさんの著書など自己啓発の本はいろいろ読んだ。
しかし、物語りの中でさりげなく、人生にとって重要な考え方を盛り込むという点では、オグ・マンディーノの右に出る人はいないのではないか。そういえるぐらいわくわくする作家である。
彼は、若くして母をなくした。母の望みは彼女の息子が作家になることだった。彼は高校卒業後、空軍に入り、その後保険会社に勤める。そこでオーナー経営者から認められ、系列の雑誌「サクセス・アンリミテッド・マガジン」の編集長になる。そこでグループの保険営業員向けに書いた「世界一のセールスマン」が大ヒットし、その後作家生活に入る。それ以来19冊の著書を書き上げ、押しも押されもせぬ自己啓発書のベストセラー作家となった。
彼も私があげたような自己啓発書をたくさん読んだ。彼の偉いところはそれを実行に移したことだ。
最近買った中村天風著「心が強くなる言葉」にも、「道――道は教わった、歩き出せなかったじゃ、いつまでたっても、わかったと言うだけで本当にわかったことにはなりませんよ。」
「数ある同僚の中からぬきんでて偉くなる人は、結局、偉くなるべき資格をもっているんです。その資格とは、『誰に言われなくても、日々毎日、実際に努力している』ことなんです。」「ですから、『実行にうつせ』という言葉のなかには、深長な意味が豊富にふくまれているということに気がつかなきゃだめだよ。」とある通りだと思う。

実行するのだ、今すぐ。

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